第1話

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 見た所、色々考え事をしていたギルバードの動きは多少悪いが誤差の範囲内。精神面に少しばかり弱い――というか、優しい所がある彼の獣人は公私混同を分けるタチなので仕事そのものは完璧にこなすだろう。
 晶獣を追って信じられない速度で駆けていったギルバードから視線を外し、先程までは唐突な晶獣の損傷に驚いた顔をしていた飼い主へ視線を移す。現在、彼はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。

「ん?魔術師か?向こうのアイツは人間じゃないっぽけど、あんたはどうなんだろうな?」
「この流れであたしが人間だったら素晴らしいパーティね、これ」
「術師の相手をするのは難しい事じゃねぇ」

 襲ってくる割りには自分達の情報を知らないのか、と疑問にブチ当たっているとこちらの思惑など無視して男はそう宣った。何が言いたいのか分かるが、分かる故に彼が本当はド素人なんじゃないかと思えてやる気が削がれる。

「術師にはタイムラグがある。魔術を組み立てるのには止まって集中する時間が数秒は必要だからだ」
「・・・あなたにその数秒の隙が突けるようには見えないけれど。でも、随分と自信があるようね」
「じゃなかったらこんな話はしないだろ!おら、とっとと魔術使えよ、八つ裂きにしてやる!」
「それは――あたしにはあまり、関係のある話には思えないわね」

 ドルチェは術師ではなく、古来より人から畏れられてきた魔族である。ある時は悪魔として畏れられ、ある時は神として崇拝された。術者などという魔族やエルフの劣化版と一緒にされては困る。
 一応は流れている上級魔族の血がそう言うのを言うのに任せ、男の目論見通り術式を展開した。
 ――1枚目。左の手の平、にそれと同じサイズの小さな完成した術式。この程度の術式を編むのに時間など不要。

「え、ちょ――」

 1つ目の対人捕縛用術式が金色の蛇へと形を変え、男の足を這い上り、全身を拘束した。
 ――2枚目、それは蛇が移動している間に男の足下へ展開した。リングのような円を描き、内側へと文字列を広げていく。

「は?いや、待って――」

 2つ目の術式は金色の茨へと姿を変え、蛇の上から男を拘束し、地面に引き倒す。
 ――3枚目、男の両腕を狙う小さな双子の術式。間髪を入れず発動し、男の両腕と地面を縫い付ける杭になった。

「――さぁ、何か言う事はあるかしら?」
「うぐ・・・クソ、術師じゃなくて魔族だったのかよ・・・」
「やぁね、これだけ人外が徒党を組んでるっていうのに、単純な人間が混ざってるわけないじゃない。あなた達、勉強不足なんじゃない?あたし達の事を調べるのにそんな苦労するとは思えないけれど」

 強いて言うならば実戦投入が初めてのイーヴァとカイルについては「あれ、誰だコイツ」という反応をして可笑しい事は無い。しかし、既存の――それも古株勢だのお局様だのと呼ばれる自分や他2人を知らないのは単純な勉強不足だ。何故なら自分達は彼等を相手取る以外にも、かつて色々な組織を潰している。裏社会ではそこそこ有名であると自負している程に。

「――終わったか、ドルチェ?ああ、聞くまでもないか」

 晶獣を相手にしていたギルバードが戻ってきた。随分と遠くまで獲物を吹き飛ばしてしまったらしい。ぱっぱ、と手を払うとキラキラした水晶片がコンクリートの地面へと落ちていった。

「意識はあるな?貴様には聞きたい事がある」
「そうした方が良いわね。レックスは張り切っていたし・・・」

 あの、とイーヴァが不意に口を開いた。相変わらずの無表情で血を流す男を見つめている。まるで死にかけの動物を見下ろしているかのような視線に、少しの悪寒を覚えた。

「他にも晶獣がいるようですが、私が片付けて来た方が良いですか?」
「あら、どうして?ここにいればいいじゃない。あたし達もこの子に2、3聞きたい事を聞いたら次の標的に向かうわよ?」
「大した相手ではないようなので、先に片付けてしまえばその分早く帰投出来ます」

 思わぬ申し出に閉口する。そうしてくれると助かるが、如何せんこちらは彼女の力量を一切知らない。それに得体の知れない敵がいるかもしれないので、あまり彼女を一人にしたくはないが、この申し出がギルバードからのものであれば深く考えず「行ってくれば?」の一言で済ませていそうな話でもある。

「行かなくて良い。単独行動は危険だ、そこにいろ。イーヴァ。別に早く帰りたいとは思っていない」
「・・・分かりました」

 ちら、とイーヴァを見たギルバードが最終的にそう判断を下した。