3-5
「気を引き締めろ」
鼓膜を打ったギルバードの忠告で我に返る。見ればまだかなり遠くではあるが敵の姿が確認出来た。そこそこ、大型犬より一回り大きいくらいの晶獣が一体とその手綱を握っているのであろう人影。
「どのくらいの数が街にいるのかしら?もっといるの?」
「そうだな。俺達が暴れればそこに集まってくるかもしれない」
「行く手間が省けるからその方が良いわね。敵さんが釣られてくれる事を祈りましょう」
相手もこちらを目視出来る場所にまで来た。イーヴァは自分達の話を理解出来なかったのか、それまでぼんやり道路を眺めていたが今は対峙する相手を見つめている。
「止まれ!」
先に言葉を発したのは晶獣を操り、破壊行為に勤しんでいた飼い主の方だった。見た目の年齢は20代後半くらい。両腕は普通の人間のそれだが、ジーパンを穿いた左足だけが結晶化している為剥き出しだ。恐らく袖を斬り落としたのだろう。
ぐっと身を屈めた晶獣が獲物に飛び掛からんとする獣のように見えた。見えただけで実際は無機質な透明な置物がそういうポーズを取っているようにしか見えないのが現実だが。
冷めた目でそれを見送ったギルバードが眉間に深い皺を刻んだまま、一応は尋ねた。
「貴様等は――《RuRu》だな?」
「おお!?何だ、俺達も結構有名になってきたのか!」
「いや。貴様等の仲間と思わしき男がうっかり口にしただけだ」
「期待させんなよバーカバーカ!!」
――《RuRu》の構成員で間違い無いらしい。
何でこう、2人続けて頭のネジが緩そうなのにぶつかったのだろう。もう少し理知的な人物はいないものか。レックスはあの様子だと新入り保護が主体なので情報収集はしていないだろう。せめてコイツだけでも生け捕りにしたい。
「まあいい!俺達の目的はテメェ等の抹殺――行け!!」
「会話の出来ない子ねぇ・・・」
組織の内情を知っているかどうかも怪しい。小さく溜息を吐いたドルチェは向かって来る晶獣に備えて構えた。
「イーヴァ、あなたは後ろにいなさい。今回は見学にしましょう。だってあなたに怪我なんてさせたらレックスが怒り狂うに決まってるもの、ね?」
「・・・了解しました」
「あ、でも次の敵はあなたにも手伝ってもらおうかしら」
呟きながら石の跳ねるような音を奏でる晶獣に視線を移す。イーヴァには後ろにいろと指示したので退くつもりは微塵も無い。どうせ突進速度も大したこと無い、いつもの晶獣なので結界でも張って防ぐ事にする。
そこまで瞬時に判断したドルチェは手の平を晶獣に向けた。
「――わっ!」
手の平より一回り大きな金色の文字式がぐるりと一周し、外側から内側へと術式を構成していく。が、それが完成するより早く手の平と晶獣の間に見覚えのある背中が割り込んだ。
瞬時に事態を把握、手を引っ込める。
その一瞬だけ後に晶獣が突っ込んで来た。それと同じくして、硝子が砕けるような音が反響する。
「あらギル、お馬鹿な獣の相手はあなたがするの?」
「加減をするのは苦手だ。奴の処遇はお前に任せる」
「何よぅ、自分だけストレスの発散でもするつもり?そんなストレス、抱えているわけじゃないでしょ」
クリスタル質の晶獣の前足が吹き飛び、民家に当たって粉々になる。一方で晶獣本体は衝撃に二度三度転げ、素早く起き上がった。痛みを感じていない無機物なのか、その動きはまるで鈍っていない。強いて言うなら前足を失った事によりバランス感覚を多少崩しているくらいか。
不気味な事だ、内心独りごち、それ以上はその哀れな獣を視界に入れないように顔をしかめている飼い主へと向き直った。