第1話

3-4


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 いつもは人で賑わっている街の様子は一変していた。避難してしまったからか人っ子一人いない上、半壊した家屋や何かの店などとにかく悲惨な有様である。修復作業に駆り出されるこちらの身にもなって欲しいというものだ。

「避難、上手くなってきたわよね。ここ近辺の住人って」
「手慣れたものだよなぁ」

 クツクツとレックスが笑う。全然ちっとも笑い事じゃないのだが。というか、人間はどこにでも住もうとする剛胆さをどうにかした方が良い。こんな土地、普通は住まないだろう。
 ギルバードが小さく溜息を吐いた。

「二手に分かれた方が良いな。随分とバラバラの場所で暴れているようだ」
「晶獣が?」
「ああ。俺達を各個撃破するつもりだろう。が、詰めが甘い」

 そう言って不敵な笑みを浮かべた獣人は西側へ行くつもりらしい。もうすでに身体は標的が暴れ回っている交戦地へと向いている。
 うむ、と一つ頷いたレックスがそのままの流れでギルバードとは反対の方向へ歩き出す。打ち合わせが足りないのではないか、とドルチェは微かに頭を抱えたが彼等が一度だって決めた作戦をちゃんと遂行した事は無いのでどのみち同じか、と今度は溜息を吐く。
 イーヴァはレックスに押し付けよう。さすがにギルバードが心の整理を終えているとは考え辛いし、今回隊長は随分とやる気だ。新入りに怪我なんてさせないはずである。

「じゃああたしは――」
「はいはーい、オレ、一番安全そうなレックスさんに着いていくッス!というか、オレとギルさんは別れた方が良いよね?だって、ほら、オレだって鼻は利くし!」
「ああこら、カイル!勝手に行くな!」
「えっ」

 元気に拳を上げたカイルが飼い主にじゃれつく犬のような勢いでレックスの後を追った。強い正義感を持つサイラスがそんな後輩を諫めようと後に続く。
 自分の与り知らない所で勝手に3対3に分かれた班員を見てドルチェは絶句した。掛ける言葉も、咄嗟の機転も利かなかった。「ああこの可愛いヤツめ!」、というレックスのアホみたいな言葉も聞かなかった事にした。
 残った面子をそっと顧みる。律儀に待ってくれていたギルバードは再び上の空へと戻り、元凶の新入りは何故か蒼い空を見上げている。大丈夫かなこれ。

「・・・行くか。頑張れあたし」

 自らを鼓舞し、イーヴァを引き連れてギルバードに追い付く。班員が意識を取り戻したのを受け、獣人はその鼻を頼りに獲物の元へ歩を進め始めた。その足取りは軽いが、決して速くは無い。

「イーヴァ、晶獣とは戦った事ある?」
「ありません」
「あらぁ、じゃあ初体験ね。ちなみに、見た事は?」
「あります」
「そ、そう・・・」

 ――会話終了。この間、イーヴァはこちらを見て話を聞いていたわけだが、質問に答えるばかりで他に何か会話をしようという気概が無い。会話慣れしていないような雰囲気さえ纏っており困惑するばかりだ。

「ねぇ、イーヴァ。アメは美味しかった?レックスの奴、いつも何かお菓子を持っているからおねだりしたら貰えるかもしれないわよ」
「・・・そうですか。アメは、甘かったです」

 大丈夫かなぁ、この子。
 ギルバードの様子も気に掛かるが、彼女も彼女でかなり心配である。今まで一体どんな生活を送ってきたらこうも人と話せない子に成長するのか。