3-2
ややあってギルバードは折角の提案を「いい」、の一言で両断した。何も良くは無いし、それで任務に支障が出るのであれば気を遣わず「そうしてくれ」、と言って欲しいものである。
「ちょっと、無理をしているのなら止めてちょうだいよ?ただでさえ新しい敵に目を着けられているし――」
「他人の空似だろう。世界には同じ顔の人間が3人はいると言うくらいだ」
「それは人間の話でしょうよ」
それに、とギルバードが不意に言葉を切る。思わず彼の方を向き直って、そして息を呑んだ。
見た事も無いような穏やかな顔だった。毎日が殺伐としている中、恐らくは初めて見たのだと思う。付き合いはかなり長い方であるが、彼が穏やかに過ごしている時と言えば本を読んでいる時くらいなものだ。
思わずそんな仲間の一面を凝視してしまい、途中まで話が頭に入って来なかった。
「あの人間との思い出は決して悪いものではない。多少引っ掛かりはあるが、むしろ今は浮かれていると思う」
「・・・喜んでるって事?」
「そうだな」
「というか、『イーヴァちゃん』は人間だったわけね?」
「ああ。紛うことなく人間だった」
――という事はどうあっても寿命で死ぬんじゃないか。
不死ではないが不老ではある人間以外の生命体。だからこそ人との恋愛は御法度意識が強いはずなのに、混血が多い理由。終わりがあるからこそ、人間は自分達とはまったく別の人生観を持っているのかもしれない。そんなものに惹かれる物好きがいるのだろう、或いはギルバード、カイルの両親のように。
やるせない、一瞬の幸せ物語。結局先に死ぬのは人間の方だというのに。
不満が顔に出ていたのだろうか。繕うように、或いはドルチェを現実へ引き戻そうとするかのようにギルバードは言葉を紡いだ。
「すぐに割り切れるものではないから、一時は大目に見てくれ。関係に支障を来す事は無いと断言はする」
「あたしにフォローしろって事?」
「頼んだ」
「・・・何よ、図々しいわね。けどこのあたしを顎で使う度胸だけは認めてやるわよ」
「すまんな、助かる」
「それに、お仕事の時間みたいよ」
ああ、と短く応じたギルバードが立ち上がる。同時、先程からずっと遠くで聞こえていた足音が随分と近くで鼓膜を打つ。図書室のドアの前で立ち止まった足音は遠慮するようにゆっくりとそのドアを開けた。
「あたし達に何か用事かしら?」
入って来たのは顔も知らない機関の職員だった。何事か連絡があるのだろう。少し怯えたように一礼した職員はようやく本題に入る。
「その、2班に緊急任務が入っていまして・・・。隊長殿に話を通したところ、ついでに図書室に行ったお二方を、その、呼んで来いと・・・」
「レックスめ、人をこき使って」
あからさまにギルバードが顔をしかめた。怯えている職員が哀れだが、事務仕事をしている人間は大抵初対面でこういう反応をするのでもう慣れた。どれだけ危険生物だと思われているのだ、自分達は。
「何かあったの?」
「偵察に出ていた他班が襲われました。重傷者が多数出ています。・・・エドさんが、恐らくは例の《RuRu》だろう、と」
「何?偵察班と言うと・・・4班か?重傷者を出すような大物が《RuRu》にいるとは思えないが」
「そうねぇ。4班の子達だって、決して弱いわけではないし」
職員曰く、「4班の機能は完全に停止している」そうだ。人間が数名いる集まりだが、今まで偵察をミスして帰って来た事は無い。あの理性がほぼないような集団相手に彼等が任務失敗するとは到底思えなかった。
――何か、即戦力になるようなのがいるって事かしら。
ギルバードに目配せする。鷹揚に頷いた獣人は素早く踵を返した。大した事無さそうならレックスとサイラス、あとは新人にでも行かせようと思っていたがそうはいかないらしい。