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その言葉を受けてうんうん、と頷いたエリオットがドアに向かって声を掛ける。曰く、「入って来ていいよ」、と。待たせた事に対する謝罪は当然の如く無い。
一瞬謎の間があったかと思えば勢いよくドアが開いた。いやそこまで力まなくてもいいんじゃない、誰かがそう呟いくくらいに。
「初めまして!!オレ、色んな班を盥回しにされた――」
「ちょっと煩いよ」
「アッハイ」
金色の何かがブレて視界に飛び込んで来たかと思えば彼は快活な調子で名乗りを上げようとした。が、それはエリオットの冷たい一言により遮られる。その一連の出来事がようやく脳内で処理出来た頃、これはとんでもない世代を迎え入れてしまったのではという漠然とした不安が殴り掛かって来た。本当、心の準備もしていなかったのにいきなり武器もって殴り掛かって来た感覚。
続いて入って来たのは最初に入って来た少年と同じ歳くらいの女。少女とはもう言わないが、大人の女性かと言われるとそうでもない。何とはなしに中途半端な年齢に見える。まあ、この場において見た目と年齢がイコールで結ばれる可能性は限りなく低いと見ていい。見た目の年齢などアテにはならないのだ。
「落ち着いたかい?えぇっと、そうだね、簡単に紹介するよ。そっちの彼はカイル。人と獣人の混血だから君達の言う丈夫さは満たしているんじゃないかな」
「宜しくッス!ウェーイ!!オレ、体力と根性だけはあるんで!多分ッ!!」
――大丈夫かなぁ、この子・・・。
混血と言うだけあって、見た目は完全に人間のそれだ。金髪碧眼でやや身長が低いが、しなやかな筋肉が付いている。パワーファイター型だろう。悩みとか無さそう。余談だが、源身は犬系である気がしてならない。そうだとしたらギルバードとは上手くやれ――いや、やれないだろうな。
「元気で良いぞ!わっはっはっは!」
レックスだけがご満悦そうでドルチェはあまりカイルその人には興味が無いらしい。その視線はもう一人の新入りに注がれている。ギルバードは何やら茫然と立ち尽くしているが、思わぬ大型新人のせいか?
それで、と各々の評価を更に吟味し終えたのであろうエリオットがもう一人の方を手で指し示す。
「彼女はイーヴァ。えーっと、そうだ、世にも珍しい人間と人魚の混血だ。まあ僕の見立てでは恐らく唯一地上を自由に闊歩出来る人魚だね」
ひくり、とギルバードの顔が引き攣った。何か地雷でも踏んだのだろうか。
海を写す深い青色の瞳と、濃紺色の長髪。特に何の変哲も無い、悪く言えばどこにでもいそうな女性。ただしその顔に表情は無く、その双眸もどこを見ているのか不明瞭だ。もっと言ってしまえば感情の色がまるで伺えない。
「ギルさん――?」
「あーっ!駄目ッスよ、イーヴァ!ちゃんと挨拶しないと!陰湿なグループ内イジメの標的にされちゃうッス!」
声はカイルの抗議で打ち消された。イーヴァと紹介された彼女は一度カイルへとその瞳を向け、続いてこちらへと視線を戻しポツリと言葉を溢した。
「よろしくお願いします」
恐ろしく平坦な声。間違ってコールセンターに電話したかな、と錯覚したような気分にさせられる。
――あれこれ、本当に大丈夫か・・・?
今までも何度か新人がやって来た事はあった。が、今まで一度たりともこんなに危機感を煽られる人選だった事は無い。頭の隅が冷えていくような感覚に言葉を失う。
「キャー!女の子!ねぇ、レックス。場所を変えてあたし達も自己紹介しなきゃ!だって早く名前覚えて貰わないと不便でしょう!?」
まったく無遠慮にイーヴァの両手を取ったドルチェが満面の笑みでそう提案した。当然の如くレックスもその首を縦に振る。
「気に入ってくれたようで何よりだよ。じゃあ、僕も仕事に戻るから。あ、問題があっても1週間は連絡して来ないでおくれよ。忙しいんだ、今」
そう言ってエリオットがいの一番に姿を消した。レックスがエドを見やる。
「この通り、俺達は適当な会議室を一室借りるぞ。いいか?いいよな?」
「おーう、好きにしろ。ただ俺は仕事すっから、問題起こすんじゃねぇぞ」
エドの了承を受け、「空いてる部屋空いてる部屋〜」などとノリノリでレックスが執務室を飛び出す。ただ一人、ギルバードだけが何か恐ろしいものにでも出会ったかのような顔のまま無言を貫いていた。