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「う、悪いギルさん・・・。俺、夜目が利かなくて気付かなかった・・・」
「まぁ、さっきの魔術はあたしのなんだけどね!」
反対側を探索していたサイラスとドルチェのペア。どうやら彼女等もこの人影を狙っていたらしい。タイミングが神懸かり過ぎやしないかと思うのだが。
悪びれもせずドルチェはこう言う。
「あたし達はずっと前からここにいたわよぉ。あなたがいきなり飛び出して来るのが悪いわ。ただでさえ、動体視力なんてあまり良くないのに。あたし達」
「それはつまり、俺が悪いと言いたいのか・・・」
火球を人にぶつけておいてこの態度。苛立ちを通り越していっそ清々しささえ覚える。確かに物理攻撃を得意とする組と、魔術系の攻撃を得意とする組、偏りがある編成である事は否めないが。
更に抗議の言葉を掛けようとするが、それはことの成り行きを見守っていただけのレックスが介入した事で言の葉にはならなかった。
「まぁまぁ、双方落ち着け!それより、ターゲットはどこへ行った?姿が見えんな・・・」
「あ」
三つの声が重なった。すっかり失念していたが、標的はどこへ行ったのだろう。逃げた?いや、臭いそのものはまだ近くにある――
「うおっ!?何でこういう時、いつも一番に俺が狙われるんだよ!?」
悲鳴のような声を上げたのはサイラスだ。意外にもメンバー内最年少の彼は憎まれ口を叩きつつ、鋭利な刃物のように煌めくその攻撃をするりと躱した。確かに種族的に見れば彼は脆弱だが、それでも数年をこの班で過ごしている。生半可な攻撃では傷を付ける事さえ叶わないだろう。
ようやく『人影』が月明かりに晒される。
不敵な笑みを浮かべたそれは見た目だけなら人間の男声だった。20代前半くらいだろうか。変ながらのTシャツを着ている。半袖で右腕だけが異常な形をしていた。
何だあれは、と腕を凝視していると男が口を開く。
「あんた等、機関の連中だな?こいつ等もタダじゃないってのに、毎度毎度破壊しやがって」
――相手が誰なのかも分からず、話し掛けて来るこの軽率さ。下っ端である事は間違い無さそうだ。
自分達が『何者であるのか』分かっていない、そう結論づけたギルバードはやや肩の力を抜いた。晶獣とこの人物に何の関係があるのかは知らないが、そう、見た所この男はあまりおつむがよろしくない。
先程までは楽しそうに事が進展するのを楽しんでいた隊長は、今や冷め切った目で男を見ている。彼からは滲み出る力強さを感じ取れないからだろう。
冷め切った目と口調のまま、レックスが問い掛けた。
「ふむ。貴様等は何者だ?この人数相手に立ち止まって話をするくらいの余裕があるのだ。さぞ大きな後ろ盾があるのだろう」
よくぞ聞いた、そんな言葉が聞こえて来たような錯覚を覚えて眩暈までしてきた。こんな間抜けそうな連中の後処理を今までやっていたのだろうか、という漠然とした不安でだ。
「俺達は《RuRu》!ま、聞いた事はねぇだろうが・・・」
「本当に聞いた事ないなぁ、レックスさんは何か知っているか?」
「お、おう。お前遠慮って言葉知ってるか?」
本気で首を傾げるサイラスに男が顔を引き攣らせた。暫しの間抜けな空気にレックスが閉口する。彼も何も知らなかったらしいし、言わずともがな、自分も知らない。
視線がドルチェに集まる。艶やかな黒い髪を右手で弄くっていた彼女は視線を感じたのか顔を上げた。
「・・・ん?なになに?何の話?」
――1日任務の反動。頼むから円滑に話を進めさせてくれ、ギルバードは苦虫を噛み潰したかのような顔で苦笑した。