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鼻孔を擽る臭いにふと違和感を覚える。獲物の動向を探る捕食者のように息を潜めているが、どうも敵は人間ではないらしい。
「そうか。では、奴は何だ?」
レックスの問いに暫し考え込む。人間という種族であるか否かはかなり重要だ。何故なら、人間は確認されている種族の中で最も頭数が多いが、最弱という欠点がある。人間とその他の種族には埋められない戦闘能力の差があるのだ。人間と思って違ったら怪我をする可能性がある。
ただし、人間ではないが、他の何かかと聞かれるとそれも怪しい。
「人間の強い臭いはある・・・が、それ以外の臭いもある。混血か?・・・何のミックスなんだ・・・?」
「おーい、ギルくーん?」
「竜族・・・いや違うか・・・鼻が悪くなったか?風邪は引いていないと言うのに・・・」
つんつん、と脇腹を突かれてレックスを睨み付ける。何故こいつは普通に声を掛けられないのか。
「睨んでいるが、俺はちゃぁんと声を掛けたぞ。で、思考しているところ悪いが奇襲を仕掛ける事にする。相手は人間かもしれないから、加減はするが・・・」
「殺してしまえば元も子もない。慎重にやるぞ」
得体の知れない感じはするが、体格からして身体能力はあまり高くなさそうだ。一気に畳み、拘束してしまえば奴が何者であろうと関係は無い。無鉄砲な作戦である気がしないでもないが他に有力な方法も無いし、仕方無いだろう。
「この面子なら俺が突っ込んで、貴方は援護射撃が打倒だな」
「うむうむ。俺はこの辺りに立っているから、何かあればすぐに言え」
奇襲の提案者であるレックスはそう言うと助走を付けるのに邪魔にならない位置へと移動した。それを確認し、音がしないように身を屈める。
一瞬が勝負だ。小細工をする隙を与えず、腕を捻り上げて押さえつける。相手が異常な抵抗をするようであれば、レックスの援護射撃に頼る。簡単だが手堅い作戦だろう。あの細身だし、きっと力は強くないだろうが念には念を、というやつだ。
呼気を整え、ターゲットを見据える。そう、これは狩りだ。
晶獣の状態を確認するようにうろうろと周辺を歩き回る対象。一歩右へ、二歩後ろへ、一歩左へ――
ピタリ、照準が合うような感覚と時間がゆっくりになるような感覚。
刹那、ギルバードは弾かれたように駆けだした。音も無く滑るように疾走する。対象まであと1メートル。その距離で獲物がようやく顔を上げ、ギルバードの存在を認識する。
後一歩で襟首に手が届く。ああ、晶獣以上に簡単な任務だった――
追加任務の終了を悟り、僅かに笑みを浮かべたその瞬間。
唐突に、眼前に大人の頭程もある火球が出現した。
「うっ・・・!?」
思わず横っ跳びに跳び、火球を躱す。その際、伸ばしていた手が火球に触れて微かに火傷を作った。自分は少しばかりこういった類の魔術耐性が低いのだから仕方無い。
――が、そんな事はどうでもいい。
顔が引き攣るのと言い知れない怒りを覚えつつ、反対側の茂みに怒りのあまり震える声を投げつける。
「・・・おい、出て来い。どういう事なのか説明してもらう」
一瞬の間。しかし、次の瞬間には声を掛けた場所から2つ頭が飛び出す。
反省の色が見られない赤い瞳と、気まずそうに逸らされる、計2つの双眸にギルバードは今日で一番深い溜息を吐いた。