1話 見習い錬金術師の第一歩

02.職業のマッチング


 聞き耳を立てている訳では無いのだが、男と職員の話が勝手に飛込んで来る。

「今居る使用人が諸事情で長期休暇に入ってよ。やれ卵かけご飯は飽きただの、白シャツにピンクの色移りしただのってよお、全然落ち着けねぇんだよ。マジで勘弁してくれよ、俺は疲れてんだよ。一刻も早く、使用人が必要なんだよ……」

 ――何だか大変そうだな……。
 男の訴えは切実だった。心の底から困っている事が他人ですら分かるレベル。しかし、職員は無情だった。申し訳無さそうに眉根を下げながら、首を横に振る。

「使用人業をしたいという方はいらっしゃいますが、当施設では雇用の際に必ず顔合わせが必要です。互いの都合が合えば明日以降でも雇用の申請が可能ですが、その、今日中に……というのは……あ」

 そこで何かを思い出したように、職員の顔がこちら――レヴィレイアの方を向いた。バッチリ目が合ったので間違いない。そしてそんな職員の動きで合点がいったのだろう、男の顔もまたこちらを向く。

「アッ! コイツは? コイツは職探ししてるんじゃないのか? おう、ウチで働かねぇか?」
「彼女はレヴィレイア・イルドレシアさんです」
「そうかそうか、よしよし、お前ウチで働けよ。俺はギル・ブレイディ。そっちが提示した給料で雇うぜ! それにそんな大変な仕事じゃねぇんだ。ちょっと家事手伝いをして貰いたいだけで――」

 ギルさん、と職員がその言葉を遮る。

「きちんと顔合わせを行って下さい。レヴィレイアさんにその気があるのでしたら、部屋を貸し出し致しますので!」
「お、悪い悪い。で、どうだ?」

 ここに来てようやくレヴィレイアは口を開いた。今まで男――ギルのマシンガントークで完全に言葉を封殺されていたからだ。
 ともあれ、早速仕事にありつけそうだと笑みを浮かべながら二つ返事で快諾する。

「勿論お願いします! 私、使用人のお仕事やってみたいです!」

 あっと言う間に用意された面談室に移動させられた。両者の意思など関係無く、マッチングという名の話し合いをしなければならないらしい。
 高そうな意匠のローテーブルとソファがある部屋へ通された。ここまで案内してくれた職員はお茶を出すと部屋の外へ出て行ってしまったので、今ここには自分とギルがいるのみである。

 飲み物を飲んだら少し落ち着いたのか、先程までの騒がしさは形を潜めたギルがゆったりとソファに座っている。ここで初めて彼についてじっくりと観察する事が出来た。
 成る程彼はかなり整った顔立ちの男性だった。歳の頃なら20代前半くらいだろうか。戦闘を生業としている業種なのかもしれない、かなり身体が引き締まっているのが服の上からでも分かる。不思議な虹彩の瞳をしていて、確かに黒い瞳の色であるはずなのに角度を変えたり光の入り方によっては鈍い血色に見えるようだ。

 先に口を開いたのはギルの方だった。面談に漕ぎ着けた事で安心感を得たのだろうか。気安い感じの笑みを浮かべている。

「さっきはドタバタして悪かったな。えーっと、自己紹介からした方が良いか? つっても4区住みなら俺の事、知ってるのかもしれないが……」
「いえ! 一昨日、島の外から来たので。是非、自己紹介をしましょう!」
「あー、そうか。なら改めて。さっきも名乗ったが、名前はギル・ブレイディ。4区の自警団の第4師団、師団長をしてる」
「ああ、だから人気者だったんですね!」

 自警団。その名前からして、治安の維持や管理をする職業だろう。4師団であれば、他に3つ以上の師団がある事になる。細かく管理されているようなので、国営組織なのかもしれない。

「お前アレだな、何か異様に元気だな。で、カメリア町に屋敷を持ってるんだがよ、仕事の都合上、部下数名とホームシェアしてる状態なんだよな。つっても俺も部下達も基本的には仕事であんまり屋敷にいねぇし、でも洗濯や食事はしなきゃならねえ。1週間前まで使用人がいたんだが、ちょっとした都合で3ヶ月くらい長休取ってんだよ。それで、新しい使用人を捜してたって訳だ」
「大変そうですね!」
「ああ。そんなに大所帯でもねぇんだがな……。数人とは言え、人が増えれば何でも面倒になるって事だ。ちなみに、部下達は大体お前と同じくらいの歳なんじゃねぇかな。お前の正確な歳を知らんから何とも言えないが」
「私ですか? 私は17歳ですね、今」
「若いな……。まあ、やっぱり大体部下と同じくらいか。で? どうだ? ウチで働いてくれないか?」

 ぐっとギルが顔を近付けてくる。自分の顔が一般よりずっと整っている事が分かっている動きだ。
 しかし、何と言っても師匠の旦那様も同じくらいの顔面偏差値。今更、整い過ぎた顔面が目の前に来ようと動じなかった。

「じゃあ次は私の事も紹介しますね!」