1話 見習い錬金術師の第一歩

01.先立つものは必要不可欠


 レヴィレイア・イルドレシアは錬金術師『見習い』である。見習いであるという事はつまり、まだ一人前ではないという意味でもある。
 では、どの段階から一人前のアルケミストとして大手を振って存在できるのか。
 そこに明確な線引きは無かった。もっと言えば、錬金術の基本を覚えただけで一人前と名乗る事も可能だし、何なら師匠が存命の間はずっと見習いでいるという事も可能。錬金術師を名乗るのに専用のライセンスなどは存在しないからだ。

 ならばレヴィレイアはいつから一人前を名乗れるのか。なあなあで一人前になるのは実感が湧かないので好ましくない。悩む見習いに、師匠は試練の旅に出る事を提案した。

 場所はラスター島。大きな島を丸ごと1つの国とした大国であり、移動するのに必ず船が必要という事もあって発展している技術と、発展していない技術の差が顕著に表れる個性的な国。
 このラスター島で一人前の錬金術師となる為の試練を乗り越え、そしてついでに師匠からお願いされたお遣いもこなす。それが最終目的だ。

 師匠のお遣いは焦ってどうなるものでもないので一度脇に置いておく。肝心要の試練については「ラスター島で錬金術の利便性を広める」というものだ。
 この試練をパスする為には自分自身の工房、あわよくば錬金術で作ったアイテムを売るショップなどを経営する必要性があるだろう。まずは錬金術が如何に生活へ大きな影響を与えられる物なのかを住人に体感して貰わなければならないからだ。
 そしてこの店を経営する、という目標の為には先立つものが必要不可欠。世の中、所詮は金なのだ。

「――つまり、レヴィレイアさんはご自身のお店を出す為、資金が必要だという事ですね? その資金集めの為に職を探していると」
「はい! 概ねその通りです!」

 ここはラスター島、カルメル町にある職安だ。今ある予算はラスター島へ行き、帰って来る程度しかない。店を出すなど夢のまた夢。錬金術とは関係の無いお仕事もする必要があった。
 そうして一昨日上陸した足で働く為の方法を探し、親切な住民のお陰で公共職業安定所、通称・職安に辿り着いたのである。

 現在は職安の職員に施設の使い方を説明して貰っている所だ。ミス・マッチングを防ぐ為、様々な工夫がされているらしい。

 客であるレヴィレイアの働く動機について聞いた職員は共感を示すように頷いている。

「それではレヴィレイアさん、当施設の使用方法について説明致します。まずそもそも、当施設で取り扱っているのは3ヶ月以上の雇用を目的としたお仕事です。ですので、辞める事を前提にお仕事をされる場合、なかなか該当するお仕事が見つからないかもしれません。その点だけはご注意をお願い致します」
「分かりました!」
「元気ですね……。えぇっとそれで、当施設では職業のミス・マッチングを防ぐ為、雇用者との顔合わせを必ずして頂くようになっています。雇用する側も、される側も。同等の拒否権がある事を念頭に置いて下さい。合わない職だと思えば、顔合わせ後にお断りする事が可能なのです」
「勉強になります!」
「……取り敢えず、雇用希望帰還は3ヶ月と記載してよろしいですか? 一度お仕事を始めてしまいますと、確実に3ヶ月は同じ場所で働く必要があります。勿論、雇用者に何らかの問題があればその限りではありませんが」
「はい! 3ヶ月でお願いします!」

 ――実はあまり一カ所に留まるつもりはない。
 何せラスター島はかなり大きな島だ。その隅から隅まで錬金術を広めるのであれば、一度全国を回ってみたい。しかし観光をしている暇はない。であれば、仕事をしながら全国へ足を伸ばせば良い。
 だから、長期での人材を望む人が誤って自分を雇用しないよう、顔合わせ時によく言っておかなければ。

「それでは登録完了です。良い職と巡り会える事をお祈りしています」
「ありがとうございます!」
「連絡手段がありませんので、小まめに当施設へ顔を出していただくようお願い致します」
「了解です!」

 今日は一旦宿へ引き上げて、明日にまた来よう。
 そう思って座っていた椅子から立ち上がろうとした瞬間だった。

「悪い、急ぎなんだが!」

 施設へ飛込んで来るなり、それなりの声量で言った男性。あまりにも急で、且つ目立つ登場だったからか職員達の視線が今し方やって来たばかりの客へと向けられる。それはレイヴィレイアの担当をしていた職員も例に漏れずだ。
 目を見開いた彼女がポツリと言葉を溢す。

「あ、ギルさんだ」

 ざわつく施設内。どうやら皆、突如現れた男性の事を知っているようだった。気さくに男へ声を掛けているのが見て取れる。
 そのまま受付――レヴィレイアが座っている机の周囲へやって来た男は、受付に自分と担当職員しかいないのを見るや否や、そのままこちらへ近付いて来た。

「あー、使用人として仕事捜してる奴とかいねぇか? 歳も性別も何だっていいんだが、マジで急ぎなんだよ」
「使用人ですか……」

 この男、雇用をする側の人物らしい。
 担当職員が男と話し始めてしまった。そろそろ帰りたかったが、色々と面倒を見てくれた職員に挨拶もせず出て行くのは気が咎める。男との話が終わるまで待とう。