1話 見習い錬金術師の第一歩

03.一番目の雇用先


 微妙な顔をしたギルがソファに座り直す。機を逃さず口を開いた。

「私、錬金術師『見習い』のレヴィレイア・イルドレシアと申します! 皆さんは私の事をレヴィと呼ぶので是非! 私の名前、長いですからね!」
「おーう、よろしく」
「ちなみにラスター島へは一昨日、船でやって来ました!」
「こんな島に?」
「一人前の錬金術師になる為、どうしても必要だったんです!」
「へえ、そうか。何か苦労してそうだな。お前」
「いえいえ! 見習いですからね! それで、お仕事の話になるのですが! 3ヶ月の契約でどうでしょう!」
「3ヶ月か。3ヶ月つったら元の使用人も戻ってくる時期だし、それでも俺は構わないぜ。というか、ウチで働いてくれんの?」
「はい!」

 返事をするとギルが困惑したような顔をした。そうだろう。特に仕事内容については話し合っていないし、彼の勧誘を断って自分の紹介をぶっ込んだ割にはあっさり働くと言ってしまえば。
 ただ、伝えたかったのは運用期間の事なのでこの顔合わせは必要だった。正式雇用される気は無い。3ヶ月で次の職場へ移る計画だ。
 どうやら使用人とやらも長期休暇から3ヶ月もあれば戻って来るとの事だったし、これはまさにギブアンドテイク。利害の完璧な一致を感じる。

「あ、あと。これでも一応錬金術の基本と一般的な応用まで完璧に学んでいます! オーダーがあれば是非私にお申し付け下さい!」
「そりゃ頼もしいな。何かあれば頼むわ」

 あんまり期待されていなさそう。仕方の無い事だ、錬金術師の見習いなど裏を返せば一人前ではないという事。馬鹿にするなと思う気も湧かない。彼等に錬金術の利便性を知ってもらう事が、試練そのものなのだから。
 さて、とギルが立ち上がる。

「受付に申請を出しに行かなきゃなんねーな。今日からよろしく頼むわ、レヴィ」
「はい、こちらこそ!」

 島に上陸してようやく、一人前錬金術師になる為の一歩を踏み出せたようだ。今日からキリキリ働いてお金を稼ぐぞ、と心中で気合いを入れる。偉大な錬金術師である師匠の顔に泥を塗る訳にはいかないし、いつまでも見習いでいる訳にもいかない。人間の命とはかくも儚きものだからだ。

 ***

 1時間後。職安に就職の申請を出し、正式に試用期間という名目で雇って貰える事となった。申請書類を書くのに時間が掛かってしまった。
 今現在はギルと共に職場である、彼の屋敷へ向かっている。

「なあ」
「はい?」

 不意に雇い主が口を開く。

「いまいちよく分かんねぇんだが、錬金術師って結局何すんの? 何か作るんだっけ?」
「そうですね。新しい便利道具を発明したり、マジック・アイテムを作ったり……。かなり範囲の広い魔法のようなものです」
「ほお……。じゃあさっき、オーダーを受けるって言ってたがお願いすりゃ何でも作ってくれるのか?」
「物によりますね。私も所詮は見習いなので」
「そうか。お代は?」
「私もお金を持っていないので、素材だけ頂ければと!」
「素材ねえ。金の掛かりそうな職業だな、おい」

 実際問題、お金は掛かる。分かりやすく金が必要な職種だ。まず、素材によっては馬鹿にならない金額がする場合もあるし、それを使って元を取れる発明品を発明出来るかと言われれば、それも保証出来ない。
 師匠のように偉大な錬金術師であれば、素材を数個無駄にするだけで新しい何かを生み出せるかもしれないが、自分には到底真似出来ない芸当だ。

「ちなみに、ギルさんは自警団の師団長を任されていると言っていましたが、そちらはどんな事をするのでしょうか!」
「俺等? 俺等はあれだ、魔物駆除とか、トラブルの解決だとか。マジで色々だな」
「多岐に渡るんですね! そうだ、ホームシェアしている部下がいるって言ってましたよね?」
「いるよ。正直、俺よりもアイツ等の方がお前に仕事のお願いをするんじゃねぇのかな。馬鹿な事を要求してきたら俺に教えろよ。奴等はそんなに甘やかさなくていいからな」

 和気藹々と会話を楽しんでいると、不意にギルが足を止めた。目の前には立派な門があり、その奥の屋敷へ続いている。ここまでずっと塀に沿って歩いてきたが、まさかこの豪邸が彼の屋敷なのだろうか。
 緊張感で固まっていると、ギルが鍵を取り出し、あっさり門を開けて中へ入る。自警団師団長の屋敷だからか、警備の人間は立っていない。取り締まる側の屋敷に忍び込む強盗などいないだろうから、これで正しいのだろう。

 それに、どこへ行っても師団長は人気だった。男女問わず軽く挨拶されるのは当然。屋敷へ近付くにつれて声を掛けられる頻度も上がっていった。平和そうで何よりである。