1話 人間と魔族

05.ハードワーク


 数分後、部屋に入ってきたのは着替えに行ったセシリアではなかった。

「たっだいま戻りましたー!」
「戻りましたー、じゃないでしょ。もうみーんな上がってるっつの。こんな遅くなっちゃ……って……」
「あれ!? イグナーツ!? お前まだ働いてたのか!?」

 かしましい2人組――そういえば、昼頃から彼女等の姿を見掛けなかった気がする。コーヒーを一口飲込んだイグナーツは唐突に現れた2人にその視線を向けた。

「遅かったな、おかえり」
「おかえり、じゃないわよ。あれ? 朝から全く動いてないんじゃないの、イグナーツ」

 呆れたようにそう言うのはエルネスタ。金髪碧眼、すらりとしたモデル体型に、重量のある装備をがっちりと着込んだ仲間の一人だ。

 そして、彼女よりやや加入が後となったもう一人の女性はギーゼラ。濃い鳶色の長髪をハーフアップにしている。彼女は少しばかりそそっかしく、ドジが目立つ。

「いやあ、働き者だよな。イグナーツは。というか、セシリアは? 流石に付き合ってらんないって帰っちゃったのか?」
「いや、先程まで魔界区域まで出払っていた。埃まみれになってしまったので、着替えに出て行っただけだ」

 へえ、と頷く2人に今度はこちらから訊ねる。

「それで、お前達は何の任務に行っていたのだったか。朝から何か、指示を出した気はするが忘れてしまった」
「まあ、そんだけ一日中働いてれば忘れもするわよね。あたし達はあんたの指示で予言板の確認に行ってたのよ。ちょっと王都のお偉いさんに絡まれて、帰りが遅くなっちゃったけどね」
「そうそう。というか、外に出るのなら私達も呼べよ。すぐそこで任務やってたんだから。あーあ、どうせなら私も外に出たかったぜ」

 ――忘れていた……。
 せめてこの2人を呼び戻す事まで頭が回っていたのなら、セシリアに少しばかり楽をさせてあげられたかもしれないというのに。

 しかし、終わった事は終わった事。今し方聞いた予言板について思いを馳せる。
 そもそも予言板と言うのは王都の中央、丁度王城がある地下に人知れず放置されていたオーパーツのようなものだ。
 大陸で信仰されている、女神・オルディネ信仰にとって非常に重要な意味を持つ。何せ、その板には女神・オルディネの未来視が書き込まれると言うのだから。

 今回も、その予言板に新たな文言が綴られたという事で2人に確認をお願いしていた。

「それで、今回はあの石板に何が書かれていた?」
「よーし、私が取ったメモを……メモは……」

 ギーゼラがごそごそと自身の装備のポケットというポケットを漁る。まさか、無くしたんじゃないだろうな。一抹の不安が脳裏を過ぎったその時だった。最初に探っていたポケットからメモの切れ端を取り出すギーゼラ。何故かどや顔だ。

「あったあった。ちょっと私の字が汚いから、読み上げるぞ!」
「読み上げる? いや、少し待て。私もメモを取ろう」

 慌てて書類の山の中から白い紙を取り出し、ペンも手に取る。何故取ったメモをそのまま渡してくれないのか。

「じゃあ、読むぞ。まず1つ目。えーっと、第三の世界から喚び出した適合者がいるって趣旨の内容」
「適合者? 我々の仲間という意味合いで良いだろうか?」
「あー、うん。そんな感じ、多分! で、2つ目。その喚び出した適合者を、手違いで魔界区域辺りに転移させたらしい」
「は!?」

 思わずメモの所持者であるギーゼラを見つめる。補足するようにエルネスタが口を挟んだ。

「迎えに行けって事っぽいわ。ただ、あたし達が石板を見に行った時はまだ、1つ目しか内容が無かったのよ。で、お偉いさんに絡まれて帰り際に2つ目の文言が追加されたって訳」
「この内容が上がってから、まだ時間は経っていないんだな?」
「そうなるわね。でもまあ、1時間以上は経ってるって事になるけど」

 痛む頭を押さえながら、今からやるべき事を脳裏に描く。
 まず、この際『第三の世界から喚び出した』の部分については後で考えよう。どこか及び着かない場所から助っ人を用意してくれた、それでいい。
 魔族に対抗しうる武器、『神器』の適合者になれる者はそう多くは無い。人員は慢性的に不足していて、どうあっても適合者の仲間は保護したい所存だ。
 今から揃えられるだけ人数を揃えて、すぐに魔界区域に戻る必要がある。

 支度を始めようと椅子から立ち上がると同時、着替えに行っていたセシリアが戻って来る高らかな靴音が聞こえた。折角着替えて来たのに申し訳無いな、とイグナーツは心中で合掌する。ああ、何て忙しい1日だろうか。