2話 致命的人選ミス

01.真っ白空間からこんにちは


「……は?」

 一般的な進学校に通う高校生、河野心花は有りっ丈の意味不明さを伴った平仮名1文字を喉の奥から絞り出した。そうでもしなければ、平常心が保っていられなかったからだ。

 現状を整理する。
 2本足でしっかりと地面に足の裏を付け、立っているこの場所はまるで見覚えの無い場所だ。というか、これは場所という場所に括っていい場所なのか。混乱した頭で場所について考えていたら場所が場所で場所の場所、という具合に非常に混乱してきた。
 見渡す限り広がる白い空間。およそ壁というものは存在しないように見えるというか、影のようなものも無ければ光源も無い。何故この場所が白い場所であると視覚情報が得られているのか全く以て謎。

「というか、今時こんな白すぎる場所とか病院でも無いわ」

 思わず声に出してそう呟く。勿論返事は無かっ――

「目覚めましたか、人の子よ……」

 麗しい女性の声。声楽部にいたらエースになれそうな厳かな声は誰のものであるのか探る為、周囲を見回す。そして、案外近くで光の粒子のような物が集まっている事に気付いた。
 キラキラと輝くそれは、徐々に人の形を作っていく。それを見た瞬間、思わず心花は先程の問いに対しこう答えを返した。

「あっ、いや起きれてないみたいです。すいません、もう1回お休みしてみますね。じゃ!」

 テスト勉強でとうとう頭がイカレてしまったようだ。そう結論づけ、その場で両目を固く閉じる。テスト期間中は魔物が棲むと成績良好な親友がそう言っていた意味が、今、分かった。
 声が慌てて心花の行動を制する。

「いえ、落ち着きなさい。貴方は既に目覚めています……。目を開けなさい、人が話をしていると言うのにその間抜け面は何なのですか。こちらを見て下さい、話が進められないでしょう」
「めっちゃ喋るぅ……。雰囲気台無しじゃん……」

 仕方無いので目を開ける。このよく分からない空間に放り出された挙げ句、まるでカミサマのように話し掛けて来ているのだ。何か用事があるに違いないし、起きてテスト勉強をするのも何となく憚られる。
 謎の上から目線でゆっくりと目蓋を持ち上げた。

 瞬間、心臓が止まるかと思った。
 心花の身長より頭1個半分くらいは高い背丈。真っ白なよく分からないドレスだか何だかを完璧に着こなし、それでいて白い空間に順応する美しさを持った女性が目の前に立っていたのだ。
 この世の物とは思えない美貌を前に、思わず口をぽかんと開けてそのご尊顔を見つめる。夢にしてはクオリティが高い美女だ。

 心花と目が合ったのを皮切りに、女性はゆっくりと口を開いた。ずっと聞いていたくなるような酷く落ち着く声が耳朶を打つ。

「初めまして、人の子よ」
「えあ、は、初めまして」
「そのように緊張する必要はありません。貴方にはわたくしからお願いがあるのです」
「はあ……」

 何だろう、雲行きが怪しくなってきた。美人さで誤魔化そうたってそうはいかない。会って数分の人間に急にお願いなぞ、ただの不審者である。
 不信感が顔に出ていたのか、少しばかり慌てたように女性は話を進め始めた。

「わたくしはとある大陸で信仰されている……。そうですね、貴方方の言葉に直すのであれば神のような存在です」
「そんなダイナミックな自己紹介、初めて聞きましたよ。変な宗教の勧誘とかじゃないですよね? 間に合ってますから」
「い、いえ……。わたくしにはオルディネという名がありますので……」
「はあ、そうですか」

 日本語で会話出来ているのが奇跡的な名前だ。

「本題に入りましょう。少し、時間が掛かり過ぎています」
「8割あなたのせいだと思いますよ、女子高生のしがない意見ですけど」

 ごほん、と自称・女神は咳払いした。

「ここへ貴方を喚んだのは他でもありません。今、とある大陸が滅亡の危機に瀕しています。貴方には力を授けますので、わたくしの土地を救って頂きたいのです……」
「意味不明過ぎるでしょ! よーく私の事を見て下さいよ。世界とか救える感じじゃないじゃないですか!」
「世界では無く、単位は大陸です」
「どっちでも一緒だわ!! そもそもどうして私!?」

 水晶のように透き通った女神の目と目が合う。吸い込まれるかと思った。

「第三世界の住人は潜在的に魔力量が多いからです。また、わたくしであっても土地に喚ぶ事が出来る人材を選定する事はできかねます」
「いや、それらしい事言ってますけど、それ、あれじゃないですか、ランダムチョイスじゃんか!」

 とんでもないぞこの自称・女神。取り敢えず行き当たりばったりで、よく知らん世界の人間をこの真っ白空間に喚び出した挙げ句、大仕事を振ってくる。神経を疑う所業だし、この喚び出したただの女子高生を見て多少なりとも不安は感じないのだろうか。
 いけない、このまま彼女のペースに流されては。

「とにかく、絶対にそんなのお断りですよ! 一介の女子高生に何を求めてるんですか。明日からテストが始まるんです! 勉強しないと!」
「わたくしもそのように嫌がるのであれば、還して差し上げたいのは山々なのです。が、今更還す事は出来ません。新しい召喚も一時は使えない状態です」
「え? え、それはつまり? あなたを強請っても帰してくれないって事?」
「還して差し上げる事が出来ません。わたくしにも色々な制約があります。おいそれと、別世界の住人を行き来させる事は出来ないのです」
「み、見切り発車過ぎるだろ!! ノープランかい!!」

 くらり、と目眩がした。