02.雑魚狩り
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拠点がある王都から出発しておよそ1時間が経過した。
イグナーツはそこから見える景色に眉根を寄せる。いつ見ても奇怪な光景だ、と。
「禍々しいですね……。あの近辺はいつも暗雲が垂れ込めていると聞きますよっ!」
「ああ。天気は常に悪そうだ」
セシリアの言葉に同調する。
この広い空の下、一点にのみ濃い紫にも似た色の黒雲が垂れ込めている一角がある。あそここそが魔界区域。常に薄暗く、通常の大地にはあり得ない量の魔力で満ち満ちた空間だ。しかも、王都にあるそれよりもずっと禍々しい城が座しているのもはっきりと肉眼で捉えられた。
「人体にどのような影響があるか分からない。早急に事を解決し、帰還する」
「ええ、了解です」
話をしている内に、境界付近をずっと見張っているスタッフの姿が見えた。彼等もまた、秩序の天秤における構成員達だ。戦闘ではなく、主にサポート面の。
そんな彼等は自分達の姿を見るとホッとしたように息を吐き出す。そうして、こちらの存在に気付いたスタッフが仲間へと声を掛けた。
「所有者の方達が来たぞ!」
所有者――この大陸にはいつからあるのかも分からない、特殊な武器が点在している。神々の肉体の一部を切り出して作っただとか、諸説はあるが、これらの武器を所有している者達の事を便宜上そう呼ぶ事がある。
また、武器に関しては『神器』とそう呼称されている。
「現状はどうなっている?」
イグナーツはスタッフの一人にそう声を掛けた。はい、と元気の良い返事が返ってくる。
「高位魔族、ベリルが率いる軍勢が区域の境界を越えて、王都を目指しているようです。数は多いですが、高位魔族は1体のみ。……ベリル主導との事ですので、最悪冷やかしの可能性もあるかと」
「ベリルですか」
セシリアが悩ましげに溜息を吐く。
「奴は気紛れですからね。散歩のつもりなのかもしれません」
「どうだろうな。直接聞いてみる他無いだろう」
高位魔族自体は片手で数えられる程しかいない。であれば、何度も衝突を繰り返し顔と名前くらいは覚えてしまうというものだ。
高位魔族・ベリルも例に漏れず。悪戯気分でよく境を越えてくるので、彼ですら自分達を覚えている事だろう。
ただ、巫山戯た奴ではあるが油断ならないのも事実。烏合の衆とはいえ、一般の人間より遙かに強い魔物を率いる一軍の将だ。彼等高位魔族と言うのは、一定の条件下で全く手が付けられなくなる。
「――野放しには出来ないな。出来るのであれば、追い払うのではなく、この期に討伐してしまいたいが」
「逃げ足、早いですものねっ!」
謎の移動手段を持っている。どこまで追い詰めようと、その移動手段を潰してしまわない事には無意味だろう。
また、下位魔族――通称、魔物を引き連れているとの事だ。モンスター的な外見をしていて、差ほど強くは無い雑兵。連れ歩いているという事は、こちらと接触すれば問答無用でそれらを嗾けて来るという事。
「うわぁっ!」
スタッフの悲鳴に似た声で我に返る。そちらを見れば、今まさに思考していた雑兵、魔物がワラワラと集まって来ているのが見えた。
「戦闘ですねっ! さあ、一仕事するとしましょう、イグナーツ!」
「ああ。早く終えて、夜食を摂らなければならない」
眼前に現れた魔物達はそれぞれ個性のある形や外見をしている。服だけ宙に浮いている透明人間のようなもの、鳥の翼が生えた虫、狐の頭をした猪――
見ているだけで疲れてくる。
溜息一つ吐いたイグナーツは腰の得物に手を伸ばす。
「さあ、魔物討伐の時間です!」
どこから切り崩すか。考えていると、ハイテンションでそう言ったセシリアが単騎で魔物の群れへ突っ込んで行った。
彼女の手には光り輝くナックルダスターが装着されている。
神器、《ウィースのナックルダスター》。所有者に万力を与える、超近接武器だ。
案の定、しなやかな長い腕を伸ばすように炸裂した左ストレートは狐頭の猪の鼻っ面に命中。そのまま、体重が何百キロもありそうな巨体をボールのように跳ね上げた。それだけに留まらず、猪魔物の背後から出て来て居た別の魔物を巻き込み、ボーリングのような要領で押し倒して行く。
「あーはっはっは! 良いですね、ストレスの発散ですっ!!」
「……セシリア、あまり前に出過ぎるな」
届いていないだろうな、そうは思いながらもその背に声だけは掛ける。
一瞬だけ彼女の戦闘を眺めていたイグナーツだったが、如何せん数が多い。一人に任せきりにしている場合では無い、と腰に差している得物を引き抜いた。
《オルディネの聖剣》と呼ばれるそれは、鞘から抜き放つと魔力を多分に含んだ煌めきを物理的にキラキラと溢す。金色の雫を確認し、寄って来ていた魔物の1体に向かって剣を振るった。
振るった軌跡がそのまま輝く魔法の刃となって、目の前に居た魔物を両断。背後の魔物を巻き込んで地面に切れ込みを入れる。
「――ベリルの姿が無いな。セシリア、そっちからは何か見えるか?」
「いいえ! 雑魚ばっかりです!」
「そうか。別のゲリラ部隊と当たったか?」
着実に減っていく雑兵達を見ながら、イグナーツは首を傾げた。