11.アーサーの任務総評
今対峙しているこの魔物、RPGで言う所の詐欺系中ボスだと思われる。詐欺、と言うのは明らかに魔法に弱そうな見た目をしているにも関わらず物理に弱かったり、またはその逆の意を持つ。
この魔物、見た目は物理受けのタンクに見えてその実は物理に弱いのではないだろうか。その証拠に後ろからバンバン魔法を撃って来るこちらを完全に無視している。効く攻撃をしてくる者から狙うのは当然の理であって、後衛を完全放置しているのは脅威では無いからでは?
それにあまりにも集中的に前衛の面々を付け狙っている。あの魔物にそこまでの知能があるのかは分からないが、一旦物理アタッカー達が攻撃しやすいよう戦って見るのも恐らくアリ。アリ寄りのアリ。
ではここで、どうやって前衛に頑張って貰うかだ。しかし、死角は無い。何せ、ちゃんとこの夢を視る前に親友から借りたゲームをプレイしてきたからだ。魔法一つで攻撃とバリア系の壁を張れる主人公もののRPG。予習は完璧である。今回必要なのは守りサポート系の魔法であって、最悪攻撃は出来なくても良いのだが。
「よーし、思い付きました!」
独り言のような呟きは案外すぐにアーサーが拾ってくれた。考え込んでいる間も魔物とやり合っていたようなので頭が下がる。
「どうしようか?」
「はい! まず私が防御系の魔法を、張ります! それを盾に前衛が物理的な攻撃を加えます! 効いたらラッキーですね!!」
「君が行き当たりばったりな事は分かった! だが壁を作れるのなら物理攻撃で攻める事も可能だ。早速頼む!」
ちょっと待ってよ、とイルゼが珍しく慌てた様子を前面に押し出して声を張り上げる。
「キリエ、本当に壁なんて張れるの!? 攻撃魔法と違って、サポート系の魔法は手先の器用さが求められるわ! 私、苦手だからフォロー出来ないわよ!?」
「大丈夫でしょ、たぶん!」
「たぶん!?」
「やった事無いけど出来る気しかしない! 出来ると信じて出来ない事は無いからね、平気平気!!」
「やった事が無い!? あなたの頭が平気じゃないわ! 誰か! 至急お医者様を!!」
通信機の向こう側にいるアーサーも何か言っていたが無視。そろそろ時間が心配になってきた。かなり長い時間夢を視ているので、いい加減に目が覚める恐れがあるのと、このまま夢を視ていると脳が全然休めず翌日の学校が地獄と化す危険性がある。何としてでもこの事態を収めるべき所へ収めねば。
「唸れ、私の想像力と妄想力!!」
「不穏な響き!」
視界の端で頭を抱えているイルゼを尻目に、それらしい想像をする。焦っていたせいで呪文だの術式だのの存在をすっかり失念していたが、概ね思い通りに事は運んだ。
オマケ程度に思っていた魔法攻撃が最初に魔物へヒット。奴が仰け反っている間に本命である壁が張られ、丁度前衛と魔物の間に透明な壁が出来上がる。
「おおおお! キリエすっげー! お前ってやれば案外出来る奴だよな!」
通信機からレオンの賞賛が飛んできた。原理は全く謎だが、成功は成功。細かい事は考えない方針で桐絵は胸を張る。
「ほらね! 何か出来る気がしたんだよ、流石は私! リアル以外は充実している女なだけあるね!」
などと言っている間にアーサーが鋭く踏み込むのが遠目でも分かった。彼も魔法が使えるタイプのユニットなのか、3本目の剣は電気のような力を帯びているように見える。
それを纏ったまま、ギロチンよろしくアーサーが剣を振り下ろした。完璧な上段から下段への全体重が乗った攻撃。生々しい音を立てながら魔物の右前足を切断する。
が、同時に耐久力に乏しいアーサーの剣は半ばからポッキリとへし折れてしまった。3本目の剣が廃材に。
「センパイ、俺トドメ刺しますよ!」
ホルストがそう叫んだ。何だか通信機からえらく声が遠い――
それも当然の事だ。まず人間とは思えない脚力でかなり高くまで跳躍していたホルストが、上記の台詞を叫ぶや否や、体勢を崩して頭から倒れ込んだ魔物へ弾丸のような速度で蹴りを繰り出す。鈍い音がし、そのまま魔物は動かなくなった。
***
やっと魔物を倒したー、今日の夢長かったなー。と、目覚める事は出来なかった。
というのも、この夢の妙にリアルな所の弊害というか魔物を倒してハイ終わり、とはならなかったのだ。
あの後、撤退する前に新種の魔物という事で解析の部署へ魔物を回す手配に加え、戦闘後で荒れた土地を整備する部署に連絡、そして忘れていた野営セットの片付け。それらを終える頃には明日の学校への心配は最早確信に変わる程に時間が経っていたのだ。
更に目は覚める事無く、今は乗って来た車に再度乗り、アーサーによる任務の総評が始まろうとしている。
「今日はみんな、お疲れだったな! まさかこんなに上級者向けの魔物と出会す事になるとは俺も思わなかったぜ……。何にせよ、怪我人が出る事も無く終えられて何よりだ!」
「わーい」
ノリが良い同期達は無事を祝うように手を叩いている。
「君達の力を見くびっていた事をまず謝罪させて欲しい。正直、途中でどうやって撤退するかをずっと考えていた! ついでにキリエが想像力がどうのだとか言い出した時は、失敗後のフォローをどうしようか考えていたくらいだ! すまん!! 今回の任務は概ね上出来だったが、1つだけ。出来る事がある場合は早めに教えておいてくれないか! 俺はまだ、君達がどんな力を持っていて、どんな能力を発揮出来るのか分からない。その辺は頼んだぞ!」
「了解でーす」
同期達の声が重なる。返事が全員同じ言葉で揃うっていうのはどうなんだ。このお仕事が始まってからずっと思っていた事だが。
終わったと思ったら途端に眠たくなってきた。もうそろそろ夢から覚める。ぐぐっと背伸びをしていると、隣のシートに座っていたイルゼが面の着いた顔をこちらへ向けた。
「眠いの?」
「うーん、何か眠い……」
「まだ拠点に戻るまで時間があるから寝ていていいわよ、頑張ったものね。着いたら起こしてあげる」
「うぇーい……」
瞬間、ぶつりと意識が途絶えた。