2話 配属先部隊のお兄さんがイケメン

10.攻略方法が分からない


 結果的に言えば、後衛の自分達は完全に安全圏からひたすら魔法を撃つだけのマシーンに他ならなかった。というのも、まず先輩であり経験者でもあるアーサーが大変優秀。魔物の気を引き、注意を引き、且つ殴る事も出来る。現代日本人でも分かる強い人の立ち回りだ。
 そして同期であるレオンとホルストもかなり優秀。アーサー程の臨機応変さはないにしろ、後衛が安心して立ち回り出来るよう行動を阻害するという目的を完璧にこなしてくれている。

 左側から魔物が後衛に突っ込もうとすれば特に示し合わせた訳でもなく、前衛3人がかりで止め。押して駄目なら引いてみろと言わんばかりに標的が後退すれば、その分前へ詰める。
 どうしてそういう動きになるのかは戦闘経験とやらがない桐絵には理解が及ばない境地だが、今の所一度も魔物の攻撃に晒されていない。

 時折あの良く分からない生物も魔法を撃ってくるが、幾何学模様――術式と言うらしい。魔方陣のようなものだろう――を造り始めた瞬間、前衛どころかイルゼまでそれを破壊する為に動くので一度も魔法攻撃を受けていない。
 ――が。

「効いてるの、これ? 何かノーダメージっぽくない?」

 思わずイルゼにそう声を掛ける。もう数分間は魔法を撃ち込んだり、前衛の方々が物理攻撃を加えているにも関わらず、効いているように見えない。
 同じ感想をイルゼもまた抱いていたのか、術式とやらを組み立てながら小首を傾げている。

「確かに。徐々に体力というか、身体機能を削っている気はするけれど……。凄く有効に効いているかと言われれば、効いていないわね」

 最早魔法の練習。魔法というファンタジーの代名詞のような力を使おうと、桐絵ですら何も感じなくなっている程だ。この数分間の間に両手で数えられない程氷魔法を撃ったのだから当然である。

「あー、マジ無理。効いてるのか分かんないのが一番無理。体力ゲージとか無いし、後どのくらいで倒せそうなのか分からないのがクソ怠い」
「ちょっと! 急にやさぐれないでよ!」
「ダメージソースも見えないし、これダメージ0とかだったら無理ゲー過ぎるんで投げていいかな? いいよねマジで、負けイベ確定だもん。にしてはターン数掛かり過ぎてるけどさ」
「お願いだから同じ言語を喋って……!」

 作った魔法を放つ。一瞬だけ凍結した魔物はしかし、それを物ともせず氷の中から力業で抜け出した。どう見たって有効ではないし、何なら凍結させて足止めという目的すら果たせていない。
 それは前衛の物理アタッカー達も同じだ。アーサーとレオンは遠目に見て、剣のような武器を装備して戦っているが、魔物に薄く切傷を刻んでいるだけで決定打を与えるには威力が心許ない。更にアーサーの剣は脆いのか、既に2本駄目になって今は3本目の武器で戦っている。
 また、ホルストは何故か素手で殴り掛かっているが、刃物で僅かな切傷を付けるのが精一杯の硬い外皮に打撃が有効なはずがなく、やはり効き目があるようには見えない。

「キリエ、イルゼ!」

 アーサーの声で我に返る。抱えていた頭を上げると、一瞬の隙を縫って先輩が丸いボールのような物をこちらへ放った。それは太陽の光を浴びて煌めきながら、完璧な角度の放物線を描いて桐絵の手に収まる。何と言うコントロール。

「……え? 何コレ」

 見た目は機械質なボール。間違ってもキャッチボールをする為の道具ではないなと言える。精密機器のように良く分からない配線などで中身が埋まっているのは確かだ。

「それ、通信機よ。真上に付いているボタンを押せば、繋がっている機器と話が出来るの」
「マジ? で、真上ってどこよ。球体だから上も何も無いんだけど……」

 溜息を吐いたイルゼの手が伸びて来て、丸いボタンをカチリと押し込む。と、それはどういう原理なのか手から離れて浮かび上がった。同時に音が入る。

「繋がったか?」

 ――アーサーの声だ。見れば、彼の近くに似たような通信機が飛び回っている。手を塞がなくても使える、画期的アイテム、馬鹿売れ待った無しだ。
 アホな事に思考を割いていると、イルゼが先輩の言葉に応じた。

「繋がっています。どうしましたか?」
「いや、物理も魔法も耐久力が高いようなので突破口がないかと思って。後衛から見てどうだろうか、何か良い案はないか?」

 ――いやこれ、戦闘しながら会話してるんだよね?
 あんまりにも落ち着きを払った声。思わずアーサー達の方を確認すると、暴れまくっている魔物の攻撃を丁度まさに回避した所だった。どう考えたって落ち着いて会話が出来る状況ではないのだが。

 イルゼが応答に困るように黙り込んでいると、通信機器が容赦無く周囲の音を拾う。最初に聞こえたのは、少し遠くに立っているらしいレオンの声だ。

「これ、このままじゃジリ貧じゃないか!? もう疲れてきたぞ、俺……」
「体力ねーなあ、お前は。俺はこのまま、あと3分は保たせられるぜ!」
「マジかよ、ホルストって人の事言う資格無いと思うぞ! 自分の言動を顧みような!」
「お前時々吃驚する程、言葉に棘があるよなあ……」

 ――とっても元気そうで且つ楽しそうだ。
 変な会話が挟まった後、イルゼに妙案がないと悟ったアーサーの声が割り込む。

「魔法、物理……。魔物も生き物だからな、得意不得意があるはずだがコイツにはそれが無い。物理的な攻撃を放っても強く、ちょこちょこ撃とうとしている魔法も、術式の大きさからして中位くらいの威力はあると見ていい――」
「前衛も全力で殴って駄目な感じですか?」

 少し気になった事があったので訊ねてみた。唐突に話に横槍を入れたからか、一瞬だけアーサーが黙り、桐絵の問いに答える。

「いや、正直こちらも奴の猛攻に耐えるので精一杯だ! 時々反撃してみてはいるが……。キリエ、君の言う通り物理攻撃も通らないと決めつけるのは尚早かもしれないな!」

 ――いや、物理攻撃ぶっちゃけ出来てませんよね? とまで言うつもりも、考えてもいなかったんだけど。
 異様な深読みをしてくるアーサー先輩、やっぱり推せる。
 それはそれとして、アーサーが続けて言葉を放つ。

「一旦撤退するべきか……。これ以上はリスクが大きいな」
「ちょっと待ってくださいよ、アーサーさん。何か良い案が思い付きそうな気がするので。考えを整理してもいいですか?」
「ああ、では任せてみようか。期待してるぞ」

 生意気にも先輩に待ったを掛けて、思考を整理する。とは言っても夢の中なので、理路整然として見える考えもどこか破綻しているのかもしれないが。