09.急なホラー展開
4足歩行を連想させるリズムの足音。全く何も視界に入っていない状況から、それが点として視認出来るようになり、そして山のように大きな生物であると認識出来るようになるまで。掛かった時間は数十秒だった。
それの全容が明らかになると同時、桐絵は顔色を悪くする。いつからホラー系の夢に変わったのか。
それはゲーム媒体で見るような、まだ見れる類いの合成獣とは掛け離れた生物だった。とにかくチグハグで、ありとあらゆる生物の特徴を盛り込んだ外見。4足で走ってはいるが、前足は陸上生物の前足。後ろ足は――何だろうこの足は。ウサギだとかカンガルーの発達した後ろ足に見えるが、良く分からない体を成している。
頭は海洋生物であるはずのタコ、背中には鳶や鷲のような翼を携えている。何をモチーフにしたのか、或いは何を目指してこんな姿形をしているのかさっぱり分からない。
あまりに異様な風体に固まっていると、それがついさっき聞いた通りの咆哮を発した。完全にライオンとか狼を連想させる鳴声だ。頭はタコなのに。
今にも人間共に飛び掛からんと低い獰猛な唸り声を上げる化け物を前に、アーサーは楽しげな笑い声を漏らしている。
「なるほど! 全く見た事のない生物だな! 魔物かどうかも怪しいが、カミサマではないようだぜ。圧がない」
「えーっと、これはどう処理するんすかね。体感、水中にいる魔物って魔法使ってくる奴が多いイメージありますけど。まあ、コイツが水中に生息する魔物かどうかは怪しいけども」
冷静にそう言ってのけたのはホルストだ。彼も若干引いたような顔をしてはいたが、すぐに持ち直したらしい。一方でイルゼは小刻みに震え、レオンはまだ呆然と件の魔物を見つめている。
――と、アーサーの指示もまだ出ていないのにも関わらず先に行動を開始したのは魔物の方だった。
前足は陸上生物――もっと言えば、肉食の陸上生物のそれだ。当然、鋭い爪が付いている。
魔物が獲物へ飛び掛かるように姿勢を低くし、前足に力を入れた瞬間に包丁のような鋭い爪が付いているのが見えた、見えてしまった。その凶器フル装備の前足をアーサーへと振り下ろす。
「おっと、俺を狙ってきたか」
余裕たっぷりにひらりと先輩が華麗な回避を披露。空を切った前足はそのまま地面に振り下ろされ、大地に鋭い裂傷を刻み込んだ。なるほど理解した、当たれば死ぬ。お腹が痛くなってきたので起床して良いだろうか。
迷走し始めた思考を律するかのようにアーサーがイケメン過ぎる声を発する。全くそれどころじゃない感想なのだが、何故彼はこうも桐絵というオタクのツボを刺激してくる存在なのか。
「取り敢えず魔法で攻めよう! 効かなければ考え直す。新種との戦闘は手数と情報が全てだからな! 俺は前に立つ。誰か一人くらい、魔法が得意な奴がいるよな?」
「あー、はい。把握しました。俺も前衛が良いので、イルゼとキリエを後ろに下げた方がやりやすいと思いますよ」
「君はよく仲間の事を見ているな。なら、その通りにしよう!」
ここでレオンが我に返った。慌てたようにアーサーの隣に走って行ったので、彼は『前』という立ち位置に立つのだろう。で? 前衛と後衛って何? 軟式テニスのダブルスポジションの話をしているのか?
しかしここでポジショニングの説明を求めてしまうと、今は大人しくしている魔物から思いっ切り攻撃を受けかねない。イルゼに倣って行動すればどうにかなるはず。
「どこ行ってるのよキリエ! こっち! 私達、魔法職はなるべく対峙している相手から距離を取るの!!」
「あっはい」
半ば引き摺られるように魔物から距離を取らされる。そこから見えた景色で、前衛と後衛の意味を悟った。
とどのつまりは前衛が壁。それに隠れながら後ろ、後衛の魔法職があれやこれやする。RPGゲームなどでよく見る配置の事を言っていたのだ。確かにこう言う以外に言い方がないような気もする。
流石のイルゼも桐絵の態度に不安を覚えたのか、言い聞かせるように説明を重ねてきた。賢明な判断。
「いい、キリエ? 念の為に説明しておくけれど、こういう配置になった時は仲間を巻き込むような魔法は御法度よ。あの魔物は大きいから、まさか手前に立っているレオン達を攻撃するような事にはならないと思うけれど」
「それは流石に控えるよ……」
「あなたを見ていると不安で仕方が無いわ……」
「まあ、せやな!」
「撃つ魔法だけれど、あなたの得意な氷魔法を使うわ。色々くっついてる魔物みたいだし、どの属性が通るのか定かではない場合、追加効果が期待出来る氷系の魔法を撃つ。ここまでがパーティ戦の常識よ! 分かった?」
「追加効果……?」
「凍結させる事で、相手の動きを阻害出来る可能性があるって事!」
「なる! 承知!」
「本当に理解しているのかしら」
――氷付け連載漫画の2巻購入を検討している私に死角はない! 恐らく!
魔物と距離を置いたからか、少し落ち着いてきた。既に前衛の3人は魔物との戦闘に明け暮れているが、特に危なげなく協力し合いながら立ち向かっている。
結局の所は夢。出来ると思えば出来ない事は無いはず。