2話 配属先部隊のお兄さんがイケメン

08.BBQ


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 パチパチと炎の爆ぜる音を聞きながら、桐絵はどうしてこうなったのかをボンヤリと考えていた。

 現在、村の外に出て見渡す限り平原の一角に陣取り、何故かパリピ御用達のバーベキューを行っている。ここまで仲間達を運んで来た乗り物の中に、アーサーの着替えがなかったにも関わらず野営セットは積まれていたからだ。
 焼き上がってきた肉の臭いが鼻腔を擽る。まあ、それもいい。バーベキューセットを出しておいて何も使わない方が不自然だ。
 だが――

「いやもうこれ、ただのBBQじゃん? みんな寛ぎ過ぎでは?」

 夢とはいえ、流石にみんなの緊張感が足りないのではないかと声高に叫びたい。あまりにも長閑な光景に一瞬夢だという事すら忘れた。それ以降は妙に頭が冴えている。これってつまり、脳は眠っていないという事になるのだろうか。明日も登校日なので、日常生活に支障が出かねないのだが。

 困惑していると、レオンが明るい声を上げた。

「アーサーさんの上着、乾きましたよ!」
「そうか、ありがとう。風邪を引く事はないだろうが、乗り物のシートを濡らしてしまうからな……」

 BBQの炎ですっかり服を乾かしたアーサーはご満悦そうだ。可愛い、推せる。
 なおもレオンとアーサーの会話は続く。

「そういえばアーサーさん、例のアレは切り替えたんですか?」
「ああ、切り替えたぞ! 何だか君は俺の母親みたいだな」
「そういうつもりは無いんですけど」
「意外とハッキリ拒否してくるな……」

 推薦状を送り、そして受け取った相手。やはり知り合いなのか、心なしか和やかに会話を楽しんでいる。
 そういえば、桐絵を推薦してくれた――なんとかゴットさん、という人と夢の中の自分はどういう関係性なのだろうか。アーサー達の様子を見るに、彼とこういう関係性を築けていてもおかしくないはずなのだが。
 試験会場で僅かに交わした会話もかなりよそよそしいものだった。初対面のように話し掛けた自分を、彼はあっさり理解してチュートリアルみたいに色々と説明してくれたのだ。

 ――まあ、考えても仕方ないよね。所詮夢だし、何かしら関係性があるんでしょ。まあ、夢視てる本人がポンコツだから何の設定もないかもしれないけど。
 そう自己解決し、思い思いに過ごしている仲間達の様子を観察する。
 アーサー達は延々と楽しげに会話を。イルゼは野営セットの近くで寒そうに手を火へ翳している。なお、手袋は着けたまだ。ホルストは肉を焼く担当を買って出たので、先程から真剣な表情でずっと肉を焼いている。塩こしょうの振り方が自信に満ち溢れていたので味には期待できそうだ。尤も、夢の中で味を感じ取る事が出来ればの話だが。

「よーしよし、焼けた焼けた! センパーイ、どれが良いっすか?」

 嬉しそうにそう言ったホルストは流石、社会人に最も近い男だ。いの一番、誰かが肉へ手を伸ばす前に先輩であるアーサーへ肉を勧める。
 アーサーへ焼き肉の串を1本譲渡した彼は、後は適当に同期を呼び集めて食べるよう促している。

「もしかしてメッチャ料理上手いのでは? ただ焼いただけとは思えない仕上がりなんだけども」
「焼き加減にコツがあるんだよ。ま、これが男飯ってやつだな!」
「ホルストさんすげー」

 ただ、ここで面をしていたイルゼだけはそれを受け取らなかった。ツンツンしている彼女もこの時ばかりはやや申し訳無さそうにしている。

「ちょっとそれは食べられないわ。美味しそうだけど」
「面を外して食えばいいんじゃね? 顔の一部って訳じゃないんだろ、お兄さんが持っててやるからよ」
「これは外れないの!」
「え、マジで? 呪われた面じゃん……。じゃあほれ、アメちゃんやるよ。小さいから、その面のほら、穴空いてる所から食べられるだろ」
「それはどうも」

 イチゴアメを貰ったイルゼは封を開けると、ホルストの言った通り面の穴から押し入れてしまった。こちらとしてはアメが小さな暗闇に吸い込まれて行ったようにも見える。

 貰った物を食べずに持っておく、というのも失礼なので焼き肉を口に含む。凄い、夢なのに美味しそうな見た目のお陰か美味しい気がする。脳が正しく美味しい肉と判断し、それっぽい味がしていると伝達しているのだろうか。
 ホルストに心中で感謝しつつ完食する。どういう焼き方をしたのか、あまり脂っぽくなくて食べやすかった。

 何故か満腹感まで覚え、幸福感に満たされていると不意にアーサーが勢いよく立ち上がった。というか、アーサーだけでなく桐絵以外の全員が同じ方向を見ている。

「来たか! どの魔物が釣れたかは分からないが、件の魔物だといいな」

 ――この人達、気配に敏感だなあ……。
 口振りからして、この臭いで何らかの魔物が釣れたようだ。釣れた、というか肉はほぼ自分達で消費してしまったのでここには文字通り臭いしかない訳だが。ちょっと来るのが遅かったね。

 と、舐め腐っていたのが悪かった。次の瞬間聞こえてきた、「グルゥォオオオオオ!!」という雄叫びにも似た音に桐絵はぎょっとして動きを止める。事前情報が無ければビビって蹲っているような長い咆哮。
 これは人間が立ち向かって良い生物ではない気がしてならない。ごめんよ、もう肉は食べちゃったからどこにも無いんだ。