06.アーサーと後輩達
***
時は正午頃。
一番に集合場所に辿り着いたアーサーはボンヤリとベンチに座っていた。待たされている訳ではなく、早めに情報収集を切り上げて来たので待つ事になるのは当然だ。
そうこうしている内に、続いて戻って来たのはキリエとイルゼの2人組だった。彼女等はアーサーの姿を見るなり困惑した顔と空気を醸し出す。果敢にも訊ねてきたのはキリエの方だった。
「アーサーさん? どうしてそんなにずぶ濡れなんですか?」
「ああ、これは服屋で服を買った後、2階のベランダで花に水やりをしていた女性がうっかりジョウロを俺の頭上に落としてしまってね。かなり水が残っていたようで、この通りだ」
「天文学的数値! そんな事あります?」
ある。と心中でだけ返事をする。世の中には起こるべくして起こる不運というものがあって、この程度ならまだ可愛いものだ。今回の任務に関して言えば着替えを積んでいない乗り物と運転手がうっかりついて来てしまったので着替えもない状況。あまりの不運さに我ながら震えてくるレベルである。
が、そんな事より気になる事があった。情報収集の命令を出しておいて何だが、イルゼは問題を起こさなかっただろうか。出会って間もないので偏見でしかないが、あの不気味な面の姿で聞き込みは大変だったに違いない。
「なあ、君達の方はどうだった? 聞き込み、大変だっただろ」
「いえ別に。滞りなく」
「本当か? 村での聞き込みってトラブルが起こりがちなんだぜ? 何せ、住民の結束力が強い」
「キリエがいたので。私の面の事を言っているのであれば、何も問題は起こしていませんわ」
「うーん、そういうつもりは無かったが……。何にせよ、何事もなかったのならそれで良い」
疑って掛かるような視線を、面の下から感じる。イルゼは表情が物理的に見えないので何を考えているか少しばかり分からない所があるが、面を着けている理由としては感情を隠す為ではないようだ。面の下の主張が時折かなり激しい。
会話の間を繋ぐ為、明後日の方向を見ているキリエへと声を掛ける。
「何か面白い物でもあるのかい?」
「え?」
「キリエ、君に話し掛けているんだ」
どこでもないどこかを見ていた視線がようやく交わった。今回入って来た後輩達はそれぞれ個性的だが、キリエもまたその個性的な面々の一員。新人育成係としても、この辺で会話をしておいて緊張感を解すのが勤めだ。
続きを待っているとボンヤリしていた彼女はやはりボンヤリと問いに応じた。
「何か面白い物があるわけじゃないんですけど、水も滴るいい男の定義について脳内で熱く議論を交わしていました」
「何だって? ……いや、君の独特の世界観はきっと俺にはついて行けそうにないから、説明はしなくていいぞ」
「えっ、そういう所好きです」
「なに??」
――会話が出来ない。
恐らくキリエ自身も会話をする気が無い。移動時にも思ったが、彼女は自分に関係の無い話と思うや否や、途端に話を聞き流す癖があるようだ。
彼女から別の誰かへ話し掛ける事は当たり前のようにあっても、誰かがキリエに話し掛ける事はないと思っているようなのが一層恐怖に似た感情を掻き立てる。コミュニケーション能力に問題があるかと思われたが、濡れ鼠だった自分を気に掛ける人間らしさは一瞬だけ垣間見えた。どうやって彼女と会話をすればいいのかさっぱり分からない。
後輩が曲者揃い。新入りの半分が謎過ぎて何を考えているのか分からない。由々しき事態である。
内心でこっそり頭を抱えていると丁度、レオンとホルストが戻って来た。自分達以外集まっている事に驚いたのか、レオンが小走りで駆け寄ってくる。
「えっ、何か遅くなったみたいでごめん!」
戻って来てそうそう謝罪してみせたレオンにキリエが反応した。
「みんな早く着いただけみたいだから別に良いんじゃないかな。そっちは酒場を見に行ってたんだっけ? カツアゲとかされなかった?」
「心配がピンポイント! 俺達は大丈夫だったけど、ぶっちゃけキリエ達の方がちゃんと聞き込み出来たのか心配だよ……」
レオンの事はかなり昔から知っている。長くなるので詳細は省くが、彼を特殊部隊に推薦したのはアーサー自身だからだ。前々から異常に高いコミュニケーション能力を持っていたが、キリエ相手でもその才能を遺憾なく発揮しているのは流石と言わざるを得ない。この2人は出来る限りセットで動かした方が良いだろうか。
一方でレオンと共に行動していたホルストはゆったりと仲間に合流した。特に急いでいる様子もなく、新人の中では年長者に当たる貫禄をしっかりと見せている。
「あ、もう情報交換とか概ね終わってる感じすかね?」
ホルストの問いにいいや、とアーサーは首を横に振った。
「全員揃ったからな。今から君達の成果を聞かせて貰おうと思っているぞ」
「うっす。つか、なんでアーサーさん濡れてるんすか?」
「いや実は――」
先程キリエ達にした説明を、もう一度繰り返した。
災難だったっすね、と頷くホルストは自然に首を傾げ、あくまで自然に疑問を口にする。
「何か、最初に出会った時から随分アレですけど、それって任務に差し障りなんですか? ほら、俺等新人だし。先輩は良いかもしれないけど、巻き込み事故はちょっと勘弁というか」
「うん、うん……。俺は今、とても感動している」
「え?」
「これだけ色々起きているのに、そこを懸念してきたのが君だけだったが、一応気に掛けてくれた事にな……。このまま誰にも突っ込まれなかったらどうしようかと」
ドン引きしている後輩を尻目に、大きく息を吐く。彼は危機管理能力にかなり優れているようだ。個性的すぎる後輩の面々をそれとなく束ねてくれる手腕、リーダーとしての才覚が見えるようで何より。
「俺のこの不運は任務に差し障りないと断言出来るものだ。あまり心配しなくていいぞ」
「ええ?」
「まあその、原理についてはおいおい教える機会があるかもしれないが……。如何せん、いくら後輩とはいえ俺も君達の事をまだよく知らない! 臆病である事は謝るが、こんな仕事だからな。大事故は起きないというこの言葉で納得してくれ」