2話 配属先部隊のお兄さんがイケメン

05.イルゼの人見知り


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 出店が多い箇所、市場のようになっている場所というのは当然ながら人が多い。ラッシュ時なのか、買い物をする奥様方がひっきりなしに行ったり来たりしている、典型的な人の集まる場所という様相を成している。
 情報収集には持って来いかと思われたその光景だが、結果的に言えば逆。情報を集め辛い事この上無かった。
 まず誰に声を掛けて良いのか分からない。年齢も大体同じくらいの層が集まっているので、誰に聞いても同じようでいて、やはり違う人間なので違う答えが返ってくる事は目に見えている状態。
 加えて、彼女等の大半は市場へ目的があってやって来ているのだろう。その動きは淀みなく、声を掛けるのが躊躇われる程に無駄がない。

 何故夢の中でまで気まずい思いをしなければならないのか。桐絵は頭を抱えた。文字通り抱えて蹲ったのだ。隣で呆然と二の足を踏んでいたイルゼがぎょっとした顔をする。

「何よ急に座り込んで!」
「いや、誰に話を聞いたら良いのか分からなくなってきて。もう何も考えたくない」
「心よっわい!! 立ちなさいよ、目立つでしょう!」
「ううん……」

 唸って立ち上がる。しかし、やる気は一向に回復しない。何せ今この瞬間は無理矢理言ってしまえば睡眠時間、つまりは休憩時間なのだ。なのに何故わざわざ自らストレスを感じるような出来事に首を突っ込まねばならないのか。
 というか自分の夢なのだから全てを放り出して奇行に走ったところで、誰も迷惑しないのではないのか。何故心身共に負担を掛ける聞き込みなど行っているのだろう。全てがどうでもよくなってきた。

「あー、どうせなら一人カラオケする夢を視たい」
「何それ!? 一人で聞き込みやりたかったって事? 私というものがありながら!! 意味分からない、私も連れて行きなさいよ!!」
「エッ?? あ、はい……!?」
「行くわよ、まずはあのご婦人に話を聞くの! いいわね?」
「アッハイ」

 ――何か今、この子凄い事言わなかった?
 イルゼの顔を覗き込むも、彼女の考えている事はやはりよく分からなかった。

 しかも、あれよあれよという間に彼女が狙いを定めていた婦人の前にまで引き摺られていく。どうやらイルゼはイルゼで腹を括り、先輩命令を遂行するつもりのようだ。

「すいません、少しお時間よろしいかしら?」

 出だしは上々。イルゼが上品且つ気品のある口調で狙っていた女性に声を掛ける。気付いた妙齢の女性は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「あらあら、見ない顔ね。外から来たのかしら?」
「ええ。えっと、その……」

 ――おや、様子が……。

「わ、私達は、えっと……」

 ――これはもしや、知らない人に声を掛けたショックで次に何を話せば良いのか分からなくなっている?

「…………」

 盛大にまごついたイルゼがとうとう黙り込んでしまった。女性の方は不思議そうな顔をしているものの、気分を害した様子はない。
 それどころか、緊張感をほぐそうとしたのだろう。イルゼの面を指して首を傾げる。

「近くでお祭りでもやっているの? お洒落なお面ね」
「えっ、いやその、これは……」

 地雷を盛大に踏み抜いたご婦人は小首を傾げている。イルゼはごにょごにょと何か呟いていたが、やがて完全に沈黙した。復帰は望めそうにない。
 しかしこのままではマズい、どうにかフォローしなければ。謎の使命感に駆られた桐絵が意を決し、口を開く。

「あの! 私達、ちょっとお尋ねしたい事がありまして!!」
「ええ。どうしたの?」

 ご婦人の目は完全に迷子の子供に話し掛けるそれへと変わっている。いいぞ、このまま幼気な組織構成員として話を元の路線へ戻さなければ。

「えーっと、ここら辺で最近流行ってる珍しい? 感じのあのー、魔物の調査をしていてですね!!」
「あらあら。別に流行っている訳ではないけれど、確かに最近そんな話をよく聞くわね」
「何かこう、情報的な……」
「うーん、ごめんなさいね。私はよく知らないけれど、お隣の奥様――あ! ねえ、ちょっと!」

 目の前のご婦人が申し訳無さそうな顔をしたのも一瞬。市場で買い物をしている女性に大声を掛ける。これは完全に近所付き合いのアレコレの一端を見せられている。
 呼ばれてやって来た新しいご婦人B。彼女に今し方の話を聞かせる最初のご婦人A。
 説明を聞いたご婦人Bは深く頷いた。

「その話ならよく聞くわあ。主人が市場で店を出しているのだけれど、最近はその魔物に商人が襲われるってんで物が届かないって言っていたもの」
「もう少し詳しくお願いします!」
「そうねえ。と言っても私が知っている事と言えば、生もの――料理に使う肉なんかを持って来てくれる商人さんがよく襲われる事くらいかしら。とにかく食べ物を荷台に積んでいると襲われるらしいわ」
「食べ物……。大体、何時くらいに遭遇するんですか?」
「そうねえ。商人さん達は昼間にここと隣村を行き来しているようだけれど、普通に真っ昼間から襲われたって聞いたわ。この辺は道がとてもよく整備されているし、行商のルートになっているから魔物はあまり出ないと聞いていたのだけれどね」

 事の重大性がいまいち判断できないが、それを聞いただけでそこそこ大事らしいのはイルゼの態度を見れば一目瞭然だった。彼女は悩むように、顎に手を当てている。
 ご婦人2人から得られた情報は上記の2点のみだった。
 第一に行商人、それも肉などの食べ物を積んでいる荷台が襲われる事。
 次に昼間でも襲われる事。それなりに騒ぎになっているようである事。

「これは後でみんなに報告するべき情報ね」
「それはいいんだけどイルゼちゃん、予想よりずっと人見知りなんだね……」
「うるさい! 良いから次!!」
「はいはい」

 その後、十数人に話を聞いたがどれも上記と似たような情報ばかりだった。聞き込みをしたのが主婦層だったので、そういう結果になったのかもしれない。