03.4字以上の横文字は覚えられません
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この世界での移動手段は車らしい。といっても、現代日本ではもう絶滅したであろう古めかしい車だ。車好きが見たら、厳密に言えば車という乗り物ではないとまで言いそうな存在。
桐絵以外の皆はこれを「乗り物」とだけ呼んでいた。こういう細かい所に夢の主の知識量が現れているようで物悲しい。
運転をしているのは全然知らない人物だ。名前すら名乗らないので恐らくはモブ。助手席にはアーサーが座っており、後部座席前側はレオンとホルスト。後ろには桐絵とイルゼが座っている。
車が発進するとアーサーが任務概要について語り始めた。
「じゃあ、今回の任務の説明をするぜ。今向かってるのはイデダナ村。まあ、ざっくり言えばこの辺に点在している小さな村の一つだ。最近、この村々の間を移動する人間が魔物に襲われる被害が頻発している。今日はその討伐任務だ」
「どんな魔物が出るんですか?」
「さあ、まだ分からないな! どんな魔物が出て来るか、今から楽しみだ!」
そう言って快活な笑い声を上げるアーサーに、ホルストが信じられないという目を向けた。ミラーにガッツリその顔が映っているので恐らくはアーサーに感情の機微が筒抜けである。
「待ってくださいよ、情報少なくないっすか? え、マジでこの情報だけで魔物討伐するんですか?」
「ああ。もっと込み入った事情があれば諜報を派遣するが、如何せんその諜報員も人手が不足しているからな。ただの魔物討伐と判断された任務に関しては、俺達が自分自身で情報も集める必要がある」
「そんな馬鹿な……」
「とは言ってもここは特殊部隊。俺達が受ける任務っていうのはカミサマ絡みだから、普段は諜報が前以て色々調べてくれるぜ。安心してくれよな!」
なおも何か言いたげな顔をしていたホルストだったが、溜息と共に残りの文句は飲下したようだった。
要は、今回の任務が情報収集から始まるという話だろう。桐絵もまた基本的には人見知りで知らない人に話し掛けるのはかなりハードルの高い所業だが、ここは夢。夢の住人に遠慮もクソもないので言う程憂鬱ではなかった。
「イルゼ、情報収集とか苦手そうだね」
面を指しそう言ってみると、彼女は鼻を鳴らした。
「馬鹿にしないで。人から話を聞く事くらい、私にだって出来るわ」
「それもそうか」
今日いる面子は全体的にコミュニケーション能力が高そうだ。情報収集などお茶の子さいさいのような気がする。
ところで、と脱線していた話をアーサーが引き戻した。
「俺から話す事がもう無いんだが、何か聞いておきたい事とかあるか? 勿論、任務とは関係の無い事でもいいぞ。俺も久しぶりの後輩で何がどう疑問に思うのかさっぱり分からない!」
――分からない事しか無いなあ……。そもそも、カミサマって何だって話だし、何なら魔物の定義もよく分からんわ。
ただその疑問を口にすると色々終わる感じがする。何がとは言わないが。長いものには巻かれて然るべきなのでここは黙っておくのが正解だろう。世界の枠組みの基礎すら分からない女が質問出来る事など無いという事だ。世知辛い。
良いかしら、と手を挙げたのはイルゼだった。心なしか楽しげにアーサーが応じる。
「良いぞ、何だ?」
「特殊部隊というのは、誰の指示で動いているのでしょうか? 司令官的な人の存在を紹介して貰っていませんわ」
「そういえばそうだったな。まず、特殊部隊に限らず全ての部隊は司令部から任務や諸々の指示を受けて動いている。つまりは俺達の上司って事になるかな」
「はい」
「で、俺達には直属の司令官が司令部に在籍しているんだ。だからその司令官が、部隊の隊長に指示を出して、その指示が俺達に下りて来る。……という経路になっているが、こういう説明で良いか?」
「はい。ところで、私達の司令官の名前は……?」
「トラウゴットさんだな。キリエはよく知っているんじゃないのか? 推薦状を貰ったと聞いているが」
「え!?」
急に話を振られたせいで素っ頓狂な声が溢れ出る。完全に気を抜いていたし、何なら途中の話は全然聞いていなかった。
「え? すいません、突発的な難聴で。もう1回言って貰っていいですか」
「そ、そうか。いや、君は確かトラウゴットさんに部隊への推薦状を書いて貰っていたよな?」
「トラウゴットさん??」
一瞬だけ記憶が混乱した。が、そういえば昨日、試験会場へ叩き出してくれた人物だったような。横文字且つ4字以上の名前は自重して欲しい、覚えられない。
数秒以上悩んでいたせいか、アーサーが分かりやすく苦笑した。
「どういう事なのかさっぱり分からないが、えーっと、君は司令官殿から推薦された子ではなかったっけ?」
「あ、多分その人です」
「多分!?」
「昨日初めて会ったので。名前がちょっと頭からトんでました」
「興味がなさ過ぎるし、どういう状況なんだそれは!? 本当に昨日が初対面か? 昨日と言ったら、君達は試験を受けていたんじゃないのか?」
「言われてみればそうですね」
「だ、大丈夫か君……」
呆れと心配を含んだ複雑な表情をされてしまった。そんな所もステキです、と心中でエールを送っておく。
――と、それまで黙っていた運転手が不意に口を開いた。
「アーサーさん、そろそろイダデナ村に着きますよ」
「え? ああ、運転ありがとう。近場で停めてくれ」
もうすぐ目的地に到着するらしい。入隊初日から醜態を晒してしまったが、危機感はちっとも湧かなかった。なんで自由な世界なんだ、ドリームワールド。