2話 配属先部隊のお兄さんがイケメン

02.推しのお兄さん


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 桐絵は這々の体で支度を終え、イルゼと共に部屋を飛び出して、新しい部屋に入る。支度を15分で終えた事だけは本当に褒めて欲しい。なんでこんなに急かされなければならないのか。

 連れて来られた会議室の中にはレオンとホルストの姿があった。こちらの姿に気付いたレオンが眉根を寄せる。

「キリエ! 間に合わないかと思ったぞ……。お前凄いな、こんな時に寝坊するなんて! 大物の匂いがするぜ!」
「寝坊っていうか、みんな活動始めるの早くない? 7時過ぎからが活動時間なんだけども」

 しかし遅刻を指摘されたところで焦りはない。何故なら夢だからだ。
 ところで、とホルストが口を開く。

「イルゼ、キリエにはちゃんとここに集まった理由を伝えたのか?」
「伝えたわ! 先輩様からの有り難いお話だって」
「みんなは、何の話とか聞いてないの? 新人さんいらっしゃーい、にしては集まる時間が早すぎるよね?」

 思った疑問を口にすれば、それはこの場にいる誰もが思っている事だったのか重苦しい沈黙が満ちた。確かに疑問には思ったが、そこまで重い空気になるとは思わなかった。変な所で考え込むな、この夢の住人達は。

 ああでもない、こうでもないと話をしていると、不意に会議室のドアから音がした。この部屋には出入りする為のドアが2つある。キリエ達は前側のドアから入って来たが、音がしたのは後ろのドアだ。
 恐らくここへ新しい配属メンバーを呼び出した人物、だろう。
 だろう、と言うのは簡単な話。後ろ側のドアの前には使われていない机が1つだけ置いてあり、意気揚々と入室しようとした先輩(仮)の開け放ったドアを跳ね返した。中途半端な力を持っていたドアはそのまま開けた人の元へ戻り、鈍い音と共にその人の額に命中する。

「ぐあっ!」

 小さく驚きを含むような悲鳴が上がった。当然だ。結構な力のこもったドアが、そのまま力の持ち主へと返っていったのだ。
 誰もが困惑している。どう反応すればよいのか、そもそも何か声を掛けた方が良いのか。気まずい空気の中、入室しようとしていた人物は今度こそドアを開けた。机はドアに押されて倒れてしまったので、きちんと端に寄せる。

 何事もなかったかのように、忙しない入室者は片手を挙げた。気の良さそうな笑みを浮かべている。

「やあ、新入り諸君! 遅れてしまって悪かった!」

 金色の短髪にブラッドレッドの双眸。ゴツい筋肉が付いている身体付きに、爽やかな笑顔。
 それを見た瞬間、桐絵は目を見開いた。間違いなくイケメン。分かりやすくイケメンなのだが――そう、顔がどちゃくそ好み。声も完璧に好みにドストライクしているし、何なら堂々とした立ち振る舞いも完全にツボ。推しキャラ全ての好きな要素を混ぜ合わせて完璧に組み立てたかのような人物。

「うえっ、うそ……え? マジで?」
「うん? 俺の顔に何か付いてるか?」

 あまりにも凝視したせいでイケメンお兄さんが首を傾げてしまった。あまりの輝きっぷりに言葉が脳を介さず漏れ出る。

「好きです」
「え?」

 お兄さんが目を見開いた。しかし、次の瞬間には最初に浮かべていた人の良い笑みを浮かべ直す。

「何だかよく分からないがありがとう!」

「あのー、すんません。幾つか聞きたい事があるんだけど。結局アンタ、誰なんですか?」

 話が一向に進まないからか、痺れを切らしたホルストがお兄さんに尋ねた。

「ああ、俺はアーサー! 君達を今日、ここに呼んだ者だ」
「例の先輩っすね。で、もう一つ聞きたいんですけど。何でアンタ、そんなに埃まみれな訳?」
「これはここに来る前、朝食を摂る為に寄った食堂の椅子が埃を被っていたからだな! 落としたつもりだったが、やはり細かい埃は難しいみたいだ!」
「そ、そっすか……」
「それにしても、君達は元気が良いな! 元気が良いのは良いことだ!」

 アーサーさん、とレオンが心なしか嬉しそうに声を掛ける。

「推薦状、有り難うございました! お陰で俺、ようやくここで働ける!」
「確かに推薦状を書いたのは俺だが、部隊へ加入出来たのは君の頑張りだ。レオン。よく頑張ったな」

 ――そういえば、レオンくんってば推薦状がどうのって言ってたな。
 アーサーとレオンを視界に入れる。まさに大人と子供、という構図。やっぱり推せる。しかし、やはり前に進まないお話に、今度はイルゼが催促をかけた。

「アーサー先輩。それで、呼出しの理由は何なんでしょうか?」
「そうだったな。それなんだが、早速君達も任務に行って貰う事になった」
「えっ、今からですか?」
「ああ。知っての通り、特殊部隊は万年人手不足。やらなければならない任務に溢れかえっている上、ここ最近はカミサマ騒動も頻繁に起きているからな! だが大丈夫だ、新入りくん達だけで急に放り出したりはしない! 一時は俺も一緒に任務へ行くよ」
「だからこんなに朝早く……キリエに至っては危うく寝坊するところだったのに……」

 まだ根に持っているらしいイルゼはこちらを見ている。面のせいで実際はどこを見ているのか分からないが。
 もう既に置いてけぼりの新人雛鳥達に、先輩は更に追い討ちを掛ける。

「よし、それじゃあ早速出発しよう。時間が無いからな、任務内容は移動中に説明するぜ! 今回は魔物討伐の任務を持ってきたから、肩の力を抜いてくれよな!」

 行くぜ、と元気よく叫んだアーサーは部屋を出て行こうとして、開けたドアに額を打ち付けた。ドアの立て付けが悪く、予想よりドアが開かなかったせいだ。何だか運に見放されている人らしい。