01.新しいゲーム
「――はっ!?」
目を覚ました四辻桐絵は紺色の壁紙が貼られた天井を見て、夢から覚めた事を理解した。理解すると同時、起きろと告げる目覚まし時計のベルがけたたましく鳴り響いている事に気付く。見れば、既にセットした時間から5分が過ぎていた。
朝の時間管理が下手クソなので、1分のズレはそのまま十数分のズレに繋がる可能性がある。ベッドから飛び降りて、早速学校へ行く為の支度を整え始めた。
早く学校へ行き、この壮大な夢の話を親友にしてやろう。そういうの好きなはずだから、いい話の種になるはずだ。
***
無事、登校した桐絵は教室に着くや否や、親友の机へと急ぐ。
「ね、ちょっと聞いてよ。マジでヤバめな夢視たんだって!」
「朝から元気だね、桐絵。久しぶりに楽しそうなあんた見たわ。で? 夢?」
掻摘まんで夢の内容を説明する。終始楽しげに聞いてくれた彼女は聞き終わると同時に大笑いした。
「最近、私が貸した漫画の影響受け過ぎじゃない!? メッチャ笑うわ!」
「いやいやいや! しがない女子高生が視る夢としてはかなりクオリティ高くない? もう1回視たいくらいだわ!」
「何それ、私も視たい! あー、楽しそう!」
そこまで面白い話だったかは不明として、大笑いしながらも友人は新しい紙袋を差し出してきた。何が入っているのだろうか。
「今度は何を持って来たの、それ?」
「これ? これはゲーム! 何かアレでしょ? 最近は爽快感のあるゲームにはまってるんでしょ? ハードはあったよね」
「うん、全種揃えてる。ちなみにあらすじは?」
「あらすじはまあ、ありがちなRPGかな。主人公が殴りながらダメージカット系の技を使う、パズルっぽい戦闘スタイルのゲームだよ。とにかく主人公がとっても万能だから、コイツさえ育ててれば躓く事無くサクサクプレイ出来るやつ。テスト期間に入る前に終われるね!」
「パズルっぽい戦闘システム? 力こそパワーの私にもサクサクでプレイ出来るかな?」
「出来る出来る。最悪レベルでゴリ押しゴリラプレイでも楽しめるから」
「へー、やってみる。ありがとう。あとこれ、昨日借りた漫画本。読んだから返すね」
「どうだった?」
「好き。シリーズ自分で集めるわ」
和やかに会話をしていると、朝礼の始まりを告げるチャイムが鳴った。親友の彼女と別れて自席へ戻る。取り敢えず、今日は家に帰ったらこの借りたゲームを早速やってみよう。
***
身体を揺さぶられている。結構な力で、且つ遠慮容赦の無い動き。これは――
「ちょっと……お母さん、まだ目覚まし鳴ってないでしょ……今日も学校なんだから……」
「誰がお母さんよ! いいから起きなさい、あなた完全に寝坊よ、信じられない!!」
何故かくぐもっている声に驚いて目を開ける。こんなに若々しくてフレッシュな声、母親であるはずがない。
カッと目を見開き、身体を揺さぶっていた人物を視界に納める。
「どわああああっ!?」
「人の顔を見て驚くなんて、良いご身分ね」
ドアップの面。スプラッタ映画にでも出て来そうな面構えに思わず叫び声を上げた。が、徐々に思考がまとまり始める。この忘れたくても忘れられないようなお面の少女、昨日の夢で一緒に受験した彼女のものだ。
相変わらず全身野暮ったいくらいに着込んだ彼女は――イルゼ。そう、イルゼという名前だった。
スルスルと芋蔓式に蘇る記憶。深く息を吐き出した桐絵は、ようやく肩から力を抜いた。
「お、おはよう。イルゼちゃん……」
「ええ、おはよう。随分と遅い朝ね、キリエ」
「え? 今何時?」
「6時よ」
「いやはっや! 普通にまだ夢の中にいる時間だわ!」
目頭を揉みながら室内を見回す。そういえば、前回の夢で試験の合否発表に時間が掛かるとか言って泊まりがけになったのだった。その時の部屋と同じかどうかは分からないが、話の流れは続いているに違いない。
混乱が収まってきたのを見越したのか、イルゼが新しい爆弾を投下する。
「キリエ、全然起きて来ないから私が代表して迎えに来てあげたのよ。本当に寝汚いんだから。どこか具合でも悪いなら無理しないでよね!」
「アッハイ」
「試験の合格発表が終わったわ。昨日の面子は朝一で結果を見に行ったのだけれど、時間が無いからあなたの合否については私が教えるから」
「エッ」
「キリエ、あなたは合格よ。そして、私達と同じ第一特殊部隊に配属されたわ」
「ええ?」
「昨日の4人は全員一緒よ。それで、今から私達は部隊の先輩からお話があるそうだから早急に支度をして! 早くしないと、今度こそ本当に遅刻するわよ!!」
「えっ、いや、え?」
「どの服を着て行くつもり? この私が手ずから手伝ってあげるんだから、遅刻なんてしたら許さないわよ!」
再度混乱に陥れられた桐絵は言われるがまま、外へ出る為の支度を始める。今、本当に朝6時で、且つ今から先輩の有り難いお話ってマジ? ブラック臭が酷い。こんな朝早すぎる時間に招集だなんて碌な組織じゃない可能性すらあるぞ。
そもそも、合格発表見に行ったんだよね、さっきの話では。何時に合否の発表を見に行ったんだ、もしかして可笑しいのは自分なのだろうか。
ちら、とイルゼを見やる。左手だけ分厚い手袋を外した彼女は、剥き出しの白い指に息を吐きかけている。まるで寒い場所で悴む指を温めるような仕草だが、恐らく今日はそこまで寒くない。寒がりなのだろうか。