06.夢の法則
脳内の作戦会議に一区切りを終えたキリエはカッと目を見開くと右手を挙げた。
「整いました!」
「何も整ってねーんだよ、とっ散らかってんだわ。おいコイツ本当に筆記上位? 時々驚く程知性が感じられないんだが」
「ふんぬうううう!!」
「なになになに!? 恐いんだが!!」
例の漫画の主人公がしていたように、何となく身体に力を溜めてみる。何かこう、使った事の無いパワーが全身に集まっているような気がしたが、やはり気のせいのような。
面のせいで表情は分からないが、声音からして明らかにドン引いているイルゼが待ったを掛けて来た。
「ちょっと、魔法をお願いしているのよ! 呪文、もしくは術式の用意を!! 相手がノロマなスライムじゃなきゃ、私達殺されてるわね……」
――呪文!? 術式!? 駄目だ、美術部だとか文芸部なら何かしら思い付いた可能性はあるが、帰宅部エースの私に創作系の依頼はNG! 誰よりも早く下校する力しか無い!!
しかしここで、電撃のようにそれっぽく聞こえる言葉の羅列が降りてくる。奥底に眠り、去年あたり履修した外国語が。
「スノー! ニエベ! ヒエロ! えーっと、えーっとぉ……以上!!」
「ねえ、それ本当に何かの呪文!? 聞いた事ないのだけれども!! もういい、私が――」
こんなクソ適当な呪文というか、スペイン語の単語を羅列しただけの何か。それはしかし、夢という特性のお陰か、全く想像通りの結果をもたらした。
あの脳筋主人公がそうしたように、目の前のスライムは完全に氷付けになり、アイスゼリーのようになっている。更にトドメ、何か操作をした訳でもないのにハンマーで砕かれたかのように完成した氷像が粉々に砕け散った。
「えええええ!? マジで使えるじゃん魔法!! ヤバい、どこかで試し撃ちしたい!!」
「何だその初めて魔法使った初心者みたいな反応! いやそうじゃなくて、キリエ、危ないから近付くな! というか、なんでスライム相手に氷魔法撃ったの? 水系の魔法で包み込まなきゃいけないんだってば!」
粉々になったスライムを拝見しようと近付いたら、慌ててレオンに止められた。
――いや待って、今何て言った? 凍らせちゃ駄目って言った?
倒したと思ったスライムの破片達に目をやる。しかし、動いている様子もなければ合体して元通りになろうという意思も感じられない。それどころか、細かく散った氷は気温で溶け始め、徐々に地面の染みになっていっている。
静まり返った空気の中、スライムの残骸を確認したホルストが首を傾げた。
「ん? 死んでる、のか……。溶けちまってんな……」
「ほら! 水も氷も元を正せば水なんだから何も問題無いでしょ」
「そんな訳あるか! スライムを氷魔法で倒せるって話、聞いた事ねぇよ俺は。まあ、結果が良ければよしって事、か?」
頭を抱えるホルストをまんじりと見つめる。結果的に試験クリア出来たんだから良いんじゃ無い? という気持ちが大半を占めている状態だ。
ここで、それまで黙っていたレオンが一番良い笑顔で言い切った。
「何にせよスライム討伐完了だな! 色々ゴタついたけど、みんなありがとうな! キリエとは試験の結果次第では多分、同じ部隊になるだろうしみんな成績良かったみたいだから間違っても落ちる事は無いだろ。これからよろしく!」
「何て爽やかなの、彼……。細々した事を考えてる私達が馬鹿みたいだわ」
「え? 俺が悪いの? 細かい事をグチグチ考えてるって?」
結局、ホルストは試験官に終了報告を終えてもなお、今回起きた事をずっと考え込んでいた。見た目、細々とした事を考えられなさそうな顔をしているのに意外だ。
***
場所は変わり、今は筆記試験を受けた建物の中にいる。試験を突破出来た受験生に今後のお話という名の説明があったからだ。
何でも、試験の合否は筆記とあわせて総合的に判断するとの事。それらを総合するのにはそれなりに時間が掛かり、今日中に発表する事は不可。よって、本日は試験を突破出来た受験者達の為に宿泊先というか、1泊出来る部屋が割り当てられているそうだ。
つまり、このまま試験会場にお泊まりである。近くにある日用品を買える店の場所、食事の有無などをたっぷり1時間ばかり説明されたが、基本覚えていない。
ボンヤリ本日起こった出来事を脳内で反芻していると不意に肩を叩かれた。言うまでも無く、試験会場からこっち桐絵の介護を甲斐甲斐しく担当してくれていたレオンである。
「キリエ、早速部屋を見に行こうぜ。一人一部屋あるって言ってたし、広々と使えていいよな」
「マジ? 全然聞いてなかったわ」
「うん。隣で口開けて斜め上見てた時からそんな気はしてた。俺、多分キリエの面倒をずっと見なきゃいけない気がする……」
「アザーッス! で、その部屋っていうのは? 何かメッチャ眠い。今目を閉じたら3秒でお休みゴー出来る気がする」
「ここで寝るなよ! というか、夕飯はどうする? 食べないのか?」
食べない、と言うより夢の中なので食べた所で何ら意味が無いというのが事実だ。空腹感もない事だし、所詮夢は夢というところだろう。目が覚めたらもうこの、レオンやらイルゼ達やらに会えなくなるのは少しばかり名残惜しい気もするが。
いやしかし、明日も学校。夢の世界へ逃亡している暇はない。友人に借りた本とか何とかも返さないといけない。
「いやもう寝るわ。ぶっちゃけ、ご飯とか要らないっしょ」
「三大欲求!! じゃあ、取り敢えず俺が夕飯に行く頃に部屋をノックするよ。起きて来なかったら置いて行くからな」
「ホント親切だね。ありがとう」
その後、無事にレオン道案内の元、自室へ辿り着いた桐絵は辿り着くなり高そうなベッドのシーツに身体を沈めた。とにかく眠い。直感的に、このまま眠れば現実世界へ戻れるのだと思い、睡魔に身を委ねる。明日、登校したら早速この不思議な夢の話を親友にもしてあげないと。