1話 夢の世界のご都合主義

04.筆記試験の上位成績者達


「ちょっと」

 大騒ぎしていたからだろうか。凜としていてどこか冷たい声を掛けられる。顔を上げれば2人組がじっとこちらを見ていた。先程声を掛けて来たのは――

「……んん?」

 声からして女性だと思うのだが、如何せん2人の内1人はかなり奇抜な恰好をしていたので男性なのか女性なのかすら不明瞭。もう1人がどう見ても男性なので、奇抜なこの人物こそが先程声を掛けて来たのだろう、多分。

 桐絵は失礼にならない程度に奇抜なその人を観察する。
 黒い長髪をツインテールに結っている。ここまでは普通。しかし、選ばれし者しか似合わないツインテールを支える地盤となるはずの麗しい美貌が収まっているはずの顔面には、そぐわない面をすっぽり付けており何一つ顔のパーツが分からない。
 しかも彼女(?)は赤いチェック分厚い布のマフラーで首をグルグル巻きにしている。夢の中なので気温の事は全く分からないが周囲を見るに、本日は気温がそんなに低くないはずだ。上着すら着ていない者も居るくらいには。
 更にこの人物、それだけでは飽き足らずこれまた分厚い布地の真っ黒いローブを着ていた。体格すらよく分からない服ダルマっぷり。あまりにも肌の露出を避け過ぎた恰好は少しだけ不気味だ。

 インパクトの強い見掛けのお陰で反応が遅れた。今更ながらその恰好でよく試験会場に入れて貰えたなと思ったが、流石に口にはしない。
 先に呼び掛けに応じたのはレオンだった。彼はその人物に物怖じする事なく、何なら全く意に介していない様子で言葉を返す。

「おう、どうした? さては4人1組を作りに来たんだな? そっちも丁度、2人だし!」
「そんなんじゃないわよ。いいから名前と受験番号、教えなさい」

 ――やっぱりこっちのお面マンが女だ! お面ウーマンだ!!
 声音は完全に少女のそれ。くぐもっていて聞き取りづらいが、間違いなく女性だろう。声だけならば。実際の所は知らない。
 自分の名推理っぷりに満足していると、話は勝手に進む。主にレオンと彼女の。

「名前と番号? 何でさ。誰か知り合いでも捜してるのか?」

 ちげぇよ、とここに来てようやくもう1人の男が口を開く。
 彼はどう見ても今この場にいる桐絵を含んだメンバーの誰よりも高齢だった。大学生のお兄さんのようなイメージだろうか。20代前半、または10代かなり後半くらいのご年齢に見える。銀灰色の短髪にエメラルドグリーンの双眸。かなり身長が高い。見上げなければならない程だ。
 お面の彼女のせいか、十分存在感を持っているはずなのに薄い印象の彼が嗤う。何か企んでいそうな、それでいて無邪気にも見える笑み。

「筆記の3位と4位を捜してんの」
「なるほどな! それなら俺達だぜ! 名前は――」

 有能なレオンくんが一から十まで全て2人に説明してくれた。本当に有能。

「そっちのお前はともかく、え? 後ろの女が3位のキリエ? マジかよ、ヘドバンしてたよなさっき。上位成績者って変人ばっかり集まってんの?」

 心なしか疲れたようにお兄さんはそう言って項垂れた。その瞳がお面の彼女と桐絵の顔を行き来する。しかし、レオンは容赦しない。

「それで、なんで上位成績者を捜してたんだよ。俺達に用? 早く4人組を作らないと、またキリエの持病が大変な事になるから手短に話してくれよな」
「ん? ああいや、お前等が3位と4位なら俺等と組もうぜって話だな。うん。と言うわけで、これで4人揃ったんじゃね?」
「誰なんだよお前等……」
「あ、紹介してなかったか。俺はホルスト、そっちはイルゼ。よろしくな」
「ああ! 1位と2位!!」

 ――この人等、レオンきゅんより順位高かった人達か。
 どっちがどっちか分からなかったので、チラリと結果の張られたボードを確認する。1位がイルゼ、つまりお面の彼女。2位がホルストで彼だ。
 しかしここで更に疑問が湧いてきたので、人見知りの桐絵は勇気を振り絞って訊ねた。

「いや待ってよ、上位成績者と組みたいっていうのはまたどうして?」
「決まってるでしょ、成績上位という事は次の実技試験でもそれなりに良い成績を収められる実力を持ってるって事」

 説明してくれたのはイルゼだ。後半の方は面のせいでくぐもっていてよく聞こえなかった。

「安全に実技を突破したい、と。ふーん、果たして本当に筆記が出来たからって実技も出来るかな?」
「なんでちょっと得意気なのよ! 筆記3位なんでしょ、もっと自信持ちなさい!」
「謎に励まされた」
「今から私と組むのだから当然よ。ケガなんかされた日には、合否に響くもの。技量が無いならそれでも一向に構わないけれど、足だけは引っ張らないでちょうだい。この時代、大怪我なんてしたら後の生活に差し支えるわよ!」
「え? んん……? うん……??」

 結構な事を言われた気がするが、最後の一言がふんわりし過ぎていて罵られているのか、激励されているのか、心配されているのか全く分からない。でも彼女、何だか最近好きな漫画に出て来ているヒロイン3人組の好きな所を全部合体させたハイパーキメラ良いところ取りヒロインのような気もする。

 おーい、と呼ぶホルストの声で我に返る。

「受付に登録しに行くぞ。あーあ、今年の討伐お題は何かねえ……」
「ゴリ押しでボッコボコに出来るやつがいいな!!」

 ――レオンくん、それフラグ。

 4人組登録用の受付へ行くと、既に出来上がった何組かは試験の新しい会場へと移動してしまったようだ。これ、4人組になれなかったらどうなるんだろう。そこまで想像して、トラウマの深淵を覗いてしまいそうになったので無理矢理記憶を消去した。危ない、ここに来てまたヘドバン第二ラウンドをキメてしまうところだった。

 書き物を終えた試験官がにっこりと営業スマイルを浮かべ、討伐お題について説明を始める。最初にどの魔物を討伐する、とアナウンスしないあたり試験っぽい。

「今回のお題討伐、実技試験はスライムの討伐です。裏山に用意してありますので、そちらの試験官と共に会場へ移動して下さい」

 ――スライムぅ? クソ雑魚魔物テンプレじゃん。やっぱり試験だな!
 試験用の弱い魔物、ですぐスライムが出て来るあたり、やはり夢だなと頷ける。凡庸な自分には雑魚い魔物で出て来る魔物なんてスライムくらいのものだ。宿主の頭の中にいない生物は出て来ない。当然の摂理だ。