1話 夢の世界のご都合主義

03.筆記試験の結果


 ***

 筆記試験が終了したらしい。
 らしい、というのは試験を解いた記憶が一切無いからだ。試験が始まった途端、意識がボンヤリとして夢から覚めるのかと思ったが、次にはっきりと意識を取り戻した時には全てが終わっていた。流石は夢。

 そんな訳で、現在の桐絵は試験の結果が表示されるという電子ボードのようなものの前に突っ立っている。この電子ボード、どう見たって電気で動いていないのだが。

「キリエ、筆記はどうだった? 自信あるか?」

 隣の席で散々復習に付き合ってくれたレオンが笑顔で訊ねてくる。その顔からして、彼は合格圏内に自分自身が入っている事を自覚しているのだろう。大変意識高い系の受験生だ、拍手喝采を送りたい。
 ボンヤリと受験戦士の顔を眺めていると、にこやかな表情を崩さないまま首を傾げられてしまった。我に返って先程の問いに答えを返す。

「いや分かんないんだよね」
「え? 問題解いた感触とかで大体分かるもんじゃないのか?」

 ――その解いた感触が無いんだよなあ……。
 流石に意味不明が過ぎるので口にはしなかったが、隣番号の彼は小首を傾げている。そりゃそうだ、受験戦士にとってみれば成績が半分より下の者の言い分など分からないだろう。

 程なくして結果が表示される。恐らく名前は下から探した方が早いだろう。というか、名前表記が『桐絵』ではなく『キリエ』とカタカナになっているので探し辛い。夢の住人達に姓という概念が無いようだし、色々と雑な夢の世界である。
 ――いや、私の名前どこ? 見つからないんだが。
 現実逃避しながら名前、ひいては受験番号を探すも難航している。そんなに数が多い訳ではないのだが、まさか成績が悪すぎて名前というか存在自体を消されたのか?

「どこ見てんだよキリエ、お前、そんな下の方じゃなくてちゃんと3位に入ってるぞ」
「そんな馬鹿な」

 レオンが教えてくれた通り、ボードを上から見る。受験番号、名前共に同じ『キリエ』が3位だった。1位と2位は知らない人物で、4位がレオン。絶対に勉強しているとは思ったが、まさか彼がこんなに好成績を残すとは。

「ええー、マジで3位? 問題解いた記憶すら無いわ」
「それは凄いな。無意識で正解を書いたって事か? はは、予想問題集を貸したのが何だか恥ずかしいよ。頭良い奴に復習を強要してたのか、俺……」
「まぐれじゃない? まあそれに、成績が半分より上なら全部良いから」
「ざっくりした評価!」

 実際の所、真面目に勉強をして真面目に4位という成績を収めたレオンの方が凄い。桐絵の3位に価値は欠片もないが、彼の4位には輝かしい価値があると言って過言では無いだろう。
 これがリアルなら天狗になって周囲に散々自慢しているところだが、問題を解いた記憶すら無い女が胸を張れる場面では無いので忘れる事にする。

 レオンの方も早々に頭を切り替えたのか、出会った当初の明るさへと戻って行った。

「次の試験は実技だな! 聞いた所によると、毎年なんか魔物を討伐させられるらしいぞ!」
「魔物……? それはまだ食べた事無いかな」
「魔物を全種食べてみた事がある奴なんて、多分世界に存在しないんじゃないか? というか、魔物って範囲広すぎるだろ」

 噛み合わない会話を繰り広げる。レオンが心根の優しい人物だから違和感なく進行しているこのやり取り。普通だったら何言ってんの、で一刀両断されかねない。

「あ、ちなみに毎年4人で1組みたいだな」
「グループワークなんだ。えー、誰と組まされるんだろ?」
「いや、組み合わせは――」

 何か言いかけたレオンの言葉はしかし、試験官らしき人物の声によって遮られた。今から実技試験の概要を説明してくれるらしい。
 しかし、この説明はいくら夢とは言え桐絵へ精神への大ダメージを与える事と相成った。

 まず、試験の内容はレオンが教えてくれた通り魔物討伐を4人1組で行う。問題はその後。てっきり、試験官側で4人1組を作っていると思っていたが、これが大間違い。自分達で弱点を補い合えるメンバーを選出して臨む、というのがルールだったのだ。
 なんて事だろう。心中でだけ強気の陰キャには厳しすぎる。いつも1人で余って先生と組まされる2人1組、補充要員として3人組の中に投入される4人1組――

「ウッ、頭が……!!」
「キリエ!?」

 生まれてこの方覚えてきたトラウマの幻影を見せられた桐絵は分かりやすく頭を抱えた。しかし、脳へ負担を掛けたからか容赦無く洪水を起こせそうな程に積もったトラウマ達が頭を圧殺していく。

「ぐああああああっ!!」

 奇声を上げながらエグい角度のヘッドバンギングを始める桐絵。レオンのみならず、他の受験者達も遠巻きにしているようだったが何も恐い事は無い。何故なら夢だからだ。

 そんな意味があるのか無いのかも定かでは無い混沌の中、いち早く我に返ったのは奇行を繰り返していた桐絵本人だった。こうしている場合では無いと動きを止める。

「あー、4人1組とか作れないわ。オワタ。ここで失格オチになる所がまさに私の夢って感じである種現実を突きつけてくるわー」
「温度差こわっ! い、いや、キリエ。大丈夫か?」
「ああ、ごめんねレオンきゅん。持病の癪が」
「レオンきゅん!? 呂律が回ってないみたいだけど……。とにかくさ、俺とまず組もうぜ。そしたら後は2人引っ張ってくれば4人1組になるだろ。だから元気出せよ」
「うわあああああああっ!!」

 あまりにも聖人。優しさが心にクリティカルヒットしてしまい、今度は胸を抑えた。視界の端で件の聖人が目を白黒させている。

「キリエ!?」
「ああごめん、持病の癪が」
「いやもう受験する前に病院行った方がいいぞそれ!! あと、スッと冷静になるのも何か怖い!!」