02.隣席の少年
一先ず、彼の話に合わせてみる事にした。
「えーっと? それで私、何の試験を受けるんでしたっけ?」
「私からの推薦で、特殊部隊に所属する約束だったでしょう? その試験です」
「どちら様でしたっけ?」
「私はトラウゴットと申します」
「初めまして」
「初めまして、じゃないんですけど……」
「そうですっけ? ここは、休憩室でしたね。特殊部隊って何ですか?」
「犯罪組織などを取り締まる国際防衛機構の中にある部隊の1つです。任務内容は多岐に渡りますが、ここ最近は禁忌召喚によって喚び出されたカミサマにお帰り頂くのが主なお仕事ですね」
そうなんですね、と頷きながら思考を巡らせる。というか、巡らせるまでもなく気付いた。
「いや、それ私には無理な感じのお仕事じゃないですか? 明らかに仕事のチョイス、ミスってますもん」
「何を言うんですか急に。まるで一般人のような事を言い出して」
「どこからどう見たって一般人でしょうが」
「貴方の未知数的な異能を買って、私が部隊への推薦状を書いたのです。無理な事は何一つありませんよ、自信を持って下さい」
「自信になるような材料がどこにも見当たらないんですが」
「それに、部隊員はカミサマ騒動によって万年人手不足。ただでさえ人がいないというのに、この所輪を掛けて人材不足が深刻です。今更、辞退など出来ないのでよろしくお願いしますよ」
何て無茶振りなのだろうか。これが夢じゃなかったら「ふざけんじゃねぇ!」、と大喧嘩になっているところだ。とどのつまりは夢なのだし、こんなものだろう。脈絡も何もあったもんじゃないもの。
「それではキリエさん、試験会場にそろそろ移動して下さい」
「あっはい」
有無を言わさず休憩室の外に叩き出された。
***
試験会場は驚く事にすぐ隣の部屋だった。あくまで平静を装って中に入るも、誰も後から現れた受験者を気にしていないようだ。高校受験の時よりも粛々としていて、殺伐とした空気に満ちている。
会場内には大人の方が多いようだった。桐絵と同じくらいの歳の者などほとんど見掛けない。とはいえ、ゼロではないので室内にはかなり幅広い年齢層がひしめき合っている事になる。
歩いていると上着のポケットに何かが入っている事に気がついた。取り出してみると出て来たのは受験票。名前と受験番号、そして顔写真が張られている。
高校受験を思い出しながら、番号に導かれるままに自席へ。知り合いなどいるはずも無いので捜そうとも思わなかった。
席の場所は真ん中の端。左隣は壁で、右隣には年齢層が自分と同じくらいの少年が座っている。
「あ、お前が俺の隣か!」
――と、隣人に声を掛けられた。ぎょっとしてそちらを見やる。
金色の短髪、どこか人の瞳では無いような変わった銀灰色の双眸。どう見ても日本人ではないし、体格もそこそこ良いのでやっぱり日本人ではない。少年のような快活とした笑みは人の緊張感を解すのに何役か買っている事だろう。
そんな持って生まれし陽キャ感溢れる彼は戸惑う桐絵を置き去りに言葉を続ける。何と言うコミュニケーション能力だ。
「俺はレオン、よろしくな。隣が同じくらいの歳の奴で良かったよ。何か緊張するし!」
「はあ……、どうも……」
「元気が無いな! 緊張してるのか? そうだよな、この会場、空気が重すぎるし」
「会場の空気より何より、君のパリピ感が私の緊張を刺激するんだけど」
「え? 何??」
「いや……」
――この無自覚校内カーストトップ勢め!!
心中で毒突く。教室隅っこ属にとってみれば、陽キャパリピは天敵。下手な事を言ってクラスから村八分に処される事だけは避けなければならないのだ。
しかし、彼――レオンは予想の上を行くパリピ力の持ち主だった。こちらが意識を飛ばしている間に、机上へ放置していた受験票を勝手に覗き込み、勝手に個人情報を収集する。
「お前、キリエって言うのか! どこの部隊を受けるんだ?」
「ええー、何勝手に……。どこの部隊って言うのは?」
「ええ? いやたくさんあるだろ? 救護の部隊とか、魔法専門の部隊とか。ちなみに俺は特殊部隊を受ける」
「ああ、はいはい。それね。私も特殊部隊を受けてるらしいよ」
「なんでちょっと自信ないの? でも、そうか! 俺と同じ部隊希望なんだな!」
「別に私が希望した訳じゃないけど」
「特殊部隊を受ける為には推薦が必要だよな。キリエ、誰に推薦されたんだ? 俺はアーサーさんに書いて貰ったけど」
「誰だったっけ? 何たらゴットさん?」
「ナンタラゴットさん? 聞いた事ないなー。まあでも、受験出来てる時点で誰かに推薦して貰ってるんだよな」
首を傾げながら、レオンは自身の目の前に置いていた冊子を手に取る。
「取り敢えずさ、俺等って未来の同期かもしれないんだろ? 一緒に勉強しようぜ。キリエ、何故か手ぶらっぽいし。最初の試験は筆記だから、時間ギリギリまで復習するぞ」
「ヤバい、レオンくんめっちゃ良い子やん……これだから陽キャは……」
輝く笑顔を浮かべた同期候補、レオンは復習に使えるらしいその冊子を桐絵にも見えるよう机に広げた。何だこの平和な世界。でも申し訳無い、試験が筆記の時点で終わっている気がしてならない。