01.親友との問答
高校生である四辻桐絵の生活はある程度パターンが決まっている。というのも、高校へ通っている以上、平日は漏れなく登校日で夕方までのスケジュールがピッタリと組まれている訳だし、帰宅してもやるべき事を終えれば1日もまた終わる。
今日も今日とて今から授業が始まるので、朝の短い時間を利用して教室の自席に座り、教科書の入れ替えを行っていた。
「おはよー、桐絵ちゃんは登校するのがいつも早いなあ」
「あれ、おはよう」
声を掛けられたので顔を上げれば親友の彼女が目の前に立っていた。その手には使い捨ての紙袋を持っている。彼女はその紙袋を桐絵へと手渡してきた。
「はいこれ、この間言ってたお勧めの漫画」
「ああ! ありがとう」
「感謝してよね、本当。桐絵の読みたい漫画って主人公が女の子で、ガッツリ恋愛系のお話ではなく、ついでに少年漫画みたいなのがいいんでしょ? 探すの苦労したなあ」
「ごめんごめん、大事に読ませてもらいまーす」
紙袋を受け取る。その中にはリクエストしていた例の漫画と、先日、桐絵が貸した小説が同封されていた。
彼女とはこうして小説や漫画、更にはゲームなどを頻繁に貸し借りしている。どんな内容の物語でも楽しく読めてしまう親友は守備範囲が大変広く、それに比例するかのようにありとあらゆる物語を知っている子なのだ。
対して桐絵自身は好みに偏りがある。良く言えば好きな話が決まっていてそれ一筋だが、悪く言ってしまえば地雷ヶ原の住人。親友の彼女から1巻だけを借りて、シリーズを集めるかどうか決める程の徹底ぶりだ。
「ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」
正面の椅子に座った親友が不意に言葉を溢した。なに、と借りた本を改めながら訊ねる。
「もしだよ? もしさ、こう、万能系? 何でも好きな事が出来る能力があったとして、何に使う?」
「どういう話? それ? 質問の意図が分からないんだけども……」
「少年誌とかでよく議論が巻き起こる、どの能力が一番強いか選手権の延長みたいな話なんだけど。好きな事が出来る能力を持ったとして、桐絵ならどう使う?」
「何でもとか、好きな事って言われてもね。何でも出来るって言ってもさ、結局その能力を持ってる人の知識力とか想像力が必要な訳でしょ? 私、アホだから直前に読んだ漫画とか、お気に入りの小説とかで活躍するような事しか思い付かないわ」
「あー。万能系最大の敵は常識ってやつ!」
しきりに頷いている親友殿は満足そうだ。これで良いのかと思わなくも無い。
***
その日も無事に1日を終え、家でのルーチンワークを済ませ。ようやく桐絵は趣味の時間に没頭する僅かな一時を手に入れていた。
寝る前に読もうと思っていた、借りた漫画本を開く。ベッドに寝転がり、最高に幸せな気分だ。
今回、彼女に借りた漫画は1冊。氷雪系の能力を持った、女性主人公がトラブルを片っ端から脳筋氷付けにしていく、というファンタジーストーリーだ。
最初の1ページ目からスライムと戦闘を繰り広げているというバトルジャンキーっぷり。それにしても、何故スライムという魔物はどの世界線でも最弱魔物扱いされるのだろうか。
その後もサクサクと現れるトラブルと敵をあらすじ通り氷付けにし、1巻が終了する。戦闘描写ばかりで台詞も少ないのですぐに読み終わってしまった。
最近は減ってきた脳筋主人公も好きだ。小難しい事を考えないので、読者も深く考察する事は無いがサクサクと進む爽快感は病みつきになる。重厚なストーリーを読んだ後、口直しにピッタリの漫画だった。これは集めようかな。
「明日も学校だし、寝ようかな」
スマートフォンを見れば時刻は午後11時をかなり回っている。あと十数分で日付が変わってしまうところだ。
スマホを充電器にセットし、部屋の電気を消す。明日、親友の彼女に持って行かなければならないゲームの事、今日借りた漫画を返さなければならない事を考えていればすぐに意識が落ちてしまった。
***
ふと目が覚めた。目覚ましの音は聞こえないが、8時間以上の睡眠を取った後のようにすっきりとした目覚め。ゆっくりと天井を視界に入れる――
「……んん?」
それは部屋の天井ではなかった。というか、電気は付けっぱなしだし、何だかいつものベッドの感触よりかなり固い。
流石に異常事態を察し、冴えきった頭で身体を起こす。寝ていたのはベッドですらなく、高そうなソファだった。当然、一介の女子高生の狭い部屋にこのビッグサイズのソファが置いてあるはずもない。
「え……何ここ……?」
バタンと音を立てて部屋にあったドアが開かれた。ふらりと現れたのは男性だ。まさか、誘拐事件に被害者として巻き込まれているのでは? 嫌な想像が脳裏を過ぎり、背筋を冷たくする。
部屋へ入ってきた男はというと、そんな桐絵の様子には触れるつもりが無いのか人の良さそうな笑みを浮かべた。何故だか胡散臭いものに思える。
「目が覚めましたか? 何だか顔色があまり良く無いようですが?」
「え? いやあの……」
「もしかして、寝惚けていらっしゃる? 貴方、睡眠時間を長く取った後は色々とお忘れになっている事が多々ありますからね。何か聞きたい事があれば、今のうちに私が説明しますよ」
――凄い! 唐突に始まるゲームのお洒落チュートリアルみたいな事言い出した!!
それと同時にある予感が確信に変わる。恐怖も薄らいだところで、桐絵は口を開いた。
「何で私、ここで寝てたんでしょうか?」
「貴方が疲れたと言うので休憩室をお貸ししていたところ、貸した部屋で睡眠を取っていたようですね。そろそろ試験が始まるので呼びに来ました」
「試験?」
――うん、やっぱり意味分かんない。これあれだ、夢だな!!
唐突に始まる感じに、夢現な気分。どう解釈してもこれは夢に違いない。受け答えが出来るので明晰夢とかいうやつだろう。夢の中である程度自由に出来る夢。
しかも、この今にも不穏な出来事が起こりそうな空気感。明らかにここ最近読んだ物語のどれか、或いは全てに影響されているに違いない。
それに気付いた桐絵はうっそりと微笑んだ。
つまり、つまりだ。今まで読んできたあらゆるストーリーに影響されて視ている夢ならば、この夢はまさに四辻桐絵の好きなものだけが詰め込まれた夢という事。控え目に言っても最高だ。