3.





 落ち着きなく視線をさ迷わせる灯船。彼は鍛冶の腕こそ確かだが、頭脳戦は見た通り苦手なのだ。しかも相手はよりにもよってアーサー=バスガヴィル。誰がどう見ても鍛冶士が劣勢に立たされているのは明らかだった。
 もちろん、こういう状況でアーサーに下手に絡むと大変な事になると学習しているノエルは口を挟まない。気の毒だな、とは思っているが。

「――商品を受け取らない以上、イリーナさんが金を支払う必要は無い。よって、灯船さん、貴方は黙って身を引くべきです。いいですね?それで」
「うぅ・・・」
「おや、不満があるようだ。そういうサービスが出来ないようでは商売なんてやってられませんよ」
「・・・っ」

 灯船の顔色が悪くなっていく。それを知っていながら淡泊な表情を崩さず、じわじわと嬲るように追い詰めていくアーサーは非常に性格が悪いのだろう。
 ――しかしここで、さすがに行き過ぎだと感じたらしいヴォルフが口を挟んだ。

「落ち着け、アーサー。クーリングオフを認めてしまえば、今月、灯船は砂糖と塩だけを食って生きていかなければならなくなるぞ」
「何ですかそれは。知りませんよ、灯船さんの食生活なんて。ついでに言ってしまえば興味もまったくありませんね」

 ――まったくである。
 まさに無一文かよ豚野郎、そんなアーサーの心の声が聞こえたようでノエルは微かに身震いした。彼は致命傷を受けた相手に平気でトドメを刺そうとする人間である。

「あ、あの・・・すいません。本当に私が勝手な事を言っているっていうのは分かってるんです。けど、その・・・品物が手元にあるだけでも嫌というか・・・」
「えぇ!?そんなデザイン気に入らんかったん!?俺もう、ショックで立ち直れんわ・・・」

 本気ですすり泣いている灯船を見たイリーナが慌てたように両手をバタバタと振る。誤解だ、という事らしい。

「違います違います!その、ペンダントを渡す予定だった彼と別れちゃいまして・・・。人にあげるはずだった物をずっと私が持っている、っていうのも・・・その、空虚感に耐えられないというか・・・。本当にすいません・・・」

 要約すると。
 付き合っていた盗賊の彼と別れたイリーナは、折角オーダーメイドしたペンダントを渡す相手がいなくなってしまった。しかし、自分の為の物ではないそれを自分で保管するのは精神的に耐えられない。ので、クーリングオフしたい。という事らしかった。
 そんな彼女の言葉に深く共感したのは女性正義主義の緋桜だった。険しい顔で黙ってイリーナの隣に立ち、力強く頷いている。何かあれば実力行使も辞さない構えだ。

「仕方が無いさ、灯船。お前が創ったそれは良い出来だけれど、女心とアクセサリーの出来はほぼ関係無いからね」
「何言うとるんや緋桜・・・」
「うん。私も途中で自分が何を言っているのかよく分からなかったな」

 そこで苛々したようにアーサーが割って入った。彼は短気だった。

「解決しましたか?いいですね、これで」
「・・・分かった。ええで。こっちも悪かったわ、無理強いしようとして」
「だそうですよ、イリーナ嬢。あ、報酬は後日、現金で貰いますので用意をしておいてくださいね」

 もう一度深々と頭を下げたイリーナがギルドから出て行く。アーサーが玄関まで送ると言って視界から消えた。
 現在、ノエルの視界の中には項垂れる灯船とそれを宥める緋桜の姿が写っている。