1.





「疲れてるならもう静かにするから休んでいていいよ?」

 親切心――というか、そこはかとなく面倒事になりそうな予感がしたノエルはそう切り出した。事実、ヴォルフの顔色はあまり良くなかったし、昨日遅くまで起きていたのを知っている。ので、彼女が言った言葉は必ずしも全てが打算というわけではなかった。
 しかし当のヴォルフは小さく悲鳴を上げると、ソファの端に座り直す。

「それ以上、近づかないでくれ・・・!」
「・・・ああ。ごめんごめん」
「すまんな」
「いや・・・いいよ、忘れてたから」

 灯船が緋桜の隣に腰掛けたので、必然的にヴォルフはノエルの隣に座っている。が、彼は女性恐怖症というか女性嫌いというか、とにかく異性が苦手なのだ。それはギルドの仲間であるノエルや緋桜、ひいてはイアンも例外ではない。
 本人は至極申し訳無さそうな顔をするのだが、ギルド内では常識人で苦労しているのを知っているのでわざとこの距離感を詰めたりはしない。その程度には人望がある人物なのだ。

「――それで、何があったのか話してもらおうか。どうせお前達の事だ。話が平行線をたどっていつまで経っても解決しないだろう」

 やや間を置いて、この場でもっとも状況整理が得意であるノエルが口を開く。言い出しっぺである灯船の顔色がどんどん蒼くなるのを見つつ。

「なるほどな」

 両者の言い分を聞いたヴォルフは頷いて暫し思案するように黙り込んだ。気まずい沈黙がロビーを支配する。

「そうだな・・・。灯船、お前がその依頼に見合えるだけの報酬を払えるのならば、認めてもいい。このギルドへの依頼だ、と」
「えぇ・・・やっぱ報酬て払わなあかんの?」
「当然だ。身内とはいえ、人を使っている事に変わりはないだろう」

 せやけどなあ、と悩んだ灯船はしかし観念したように首を縦に振った。本当に苦渋の決断、と言わざるをえない。

「分かったわ。武器の新調ぐらいならしたる。それで受けてくれるんやな」
「待てよ」
「――どうした、緋桜?」

 鋭い口調で間に入ったのは緋桜その人だった。彼女はやや不満そうな顔をしつつ、何故かノエルの顔色を伺う。

「今日、アーサーは?」
「んん?あの似非紳士なら別件で出払ってるけど・・・。ま、一時は帰って来ないんじゃない?何かそう言ってた気がする」
「そうかそうか。それは僥倖な話だよな。じゃあ、私とノエルは参加しよう。言い出したヴォルフももちろん来るだろう?」
「あぁ。言い出した人間がいないのでは示しがつかんだろう」

 ちょっと待って、と今度抗議の声を上げたのはノエル本人だった。どうも、さっきから話が光の速さで進んでおり、常人の彼女には到底ついて行けない内容だったのだ。
 どうした、と本気で傾げる緋桜に右ストレートをお見舞いしたい気分に陥る。

「なんで私まで参加する事になってるの!?あとアーサーのくだり必要だったかな!?」
「たまには私と一緒に依頼に行こうよ。いいだろう?あとアーサーは要らん。あいつ、私とノエルが一緒にいるとうろうろ目障りだからな。何かとノエルに構い倒すし、いない方がいい」
「すっごく個人的な話だね!!」

 もちろん、依頼の話を断る事も出来ず、ノエルの休日はまた一日潰れる羽目になった。