1.





 美術館の逆強盗事件から数日が経ったある日。
 ノエルは客用ソファに腰掛け、ぼんやりと報酬として貰った絵を眺めていた。当初の予想通り、その絵だけがギルド内で浮きに浮き、評判は良いのだがやって来た依頼人が額縁に入った絵を二度見する悲劇が何度も起きている。

「やぁ、ノエル。退屈そうだな」
「んー?」

 後ろから声を掛けられ、だらしなく振り返れば緋桜が立っていた。セミロングの黒髪に同じ色の瞳。こちらの地方では珍しい着物に下駄、と純和風の格好をしている彼女は東洋人なのだ。
 回り込んできた彼女はノエルの目の前に腰掛けた。これだけ見ていると依頼人と傭兵のようだが、彼女はギルドの仲間である。

「あの絵、お前の受けた依頼の報酬なんだろ?」
「いや、アーサーが受けた依頼」
「灯船の奴が何かクエスト報告してきたんだけれど、意味がさっぱり分からなかったよ。結局、どういう事なの?」
「完全なる人選ミスだね、それ」

 灯船、と言えばギルドお抱えの鍛冶士だ。楽天的な性格で適当なのでクエストを受けるのは苦手らしい。そんな彼が妹のように可愛がっている緋桜に構いたがるのは必然である。

「つまり、一枚の絵を巡る依頼が2つあったわけ。んで、アーサーがトレイシー嬢の依頼を優先したから、結果的にもう片方の依頼を裏切る形になったんだよ」
「・・・どうして両方受けたんだよ。片方断れば良かったのに」
「美術館に護衛と称して入り込む事で簡単に侵入出来るから、だってさ」

 そうか、と頷いた緋桜はしかし、さらなる質問を投下してきた。

「脅迫状は?」
「あー、あれはアーサーが用意したフェイク。運が良ければうちに依頼してくるだろう、って」
「綱渡りだな。あいつのああいうやり方は好かない」

 賭博は嫌いだ、と緋桜は頭が痛そうにこめかみを押さえた。

「まぁまぁ・・・」
「そんな危ない賭けにノエルを連れて行ったのも勘に障るな。お前も断る事を覚えろ」
「ごめんなさーい」
「終わった事はいいや。それで、どうして大人数で行ったんだ?」
「人数合わせだってさ。あまり少ない人数で行くのも怪しいから、って」

 へぇ、と心無い相槌を打った緋桜はなおも不満げにぶつぶつ何かを呟いていたが、気を取り直したのか淡い笑みを向けてくる。

「ところで――」

「おはよう!お二人さん!今日もええ朝やんなぁ!!」

 馬鹿みたいにバタバタ手を振る――灯船。緋桜が心底嫌そうに舌打ちした。

「今は昼だ。何時の話をしてんだよ馬鹿」