5.





「報酬は後日、という形でよかったですか?」

 話が一段落したのを認め、トレイシー嬢が問うた。静かに頷くアーサー。

「そうですね。今日は遅いですし、どのみち持って帰れそうにない。また明日にでも伺いますよ」

 はい、と彼女が頷くと同時、貴族は立ち上がる。釣られるようにノエルも立ち上がった。脱いでいたコートを着る。外は冷え切っており、とてもこの薄着で歩けるような気温ではないのだ。
 屋敷を後にしたノエルは先程からずっと気になっていて、しかしあの場では決して訊けない質問を口にした。

「ねぇ、結果的に絵を盗んだわけだけど、訴えられたりしないよね?」
「大丈夫でしょう。もともと、トレイシー嬢の所有物ですし、何より彼女の持ち物に手を出したのは館長です。ギルドを頼らない限りはもう二度と現れないと思いますよ」
「そうだよね。そもそも、ギルドを頼ったから絵が無くなったわけだし、またギルドに頼ろうなんて普通は思わないよね」

 連中は普通とは言い難い人間でしたが、と肩を竦めた彼は何故か憂鬱そうに溜息を吐いた。
 ――否、憂鬱は間違っている。何やら、苛々している、というのが正解だ。

「もうちょっと溜息とか吐かないでよ。辛気くさいな」
「容赦のカケラもありませんね、お前は」
「いやだって・・・ねぇ・・・?」

 お前にも関係のある話なんだよ、と踏み出した足で乱暴に地面を踏みしめる。相変わらず、感情の落差が激しい男だ。さっきまでにやにや嗤っていたかと思えば、瞬きの間にこれである。

「今思い出したが、美術館に放置してきた馬鹿共を回収しなきゃならねぇんだよぉぉ・・・」
「・・・その理屈はおかしいよ!連れてきたのアーサーじゃん!!」
「うっせぇ!あぁくそ・・・もっとこう、機転がきく奴連れて来ればよかったな」
「例えば?」

 うちのギルドにそんな奴いたかな、と首を傾げる。誰も彼も唯我独尊主義だった気がするのだが。
 しかし彼は見事に言い当ててみせた。

「緋桜とか、灯船とかだ。東洋組は割と空気が読めるのだよ」
「あー。そうかも。あの二人、面倒な依頼を受けないもんね。なんていうか、要領が良いよね」
「灯船さんの方は持ち前の職の問題もありますけど」

 東洋組の話題で癒されたのか、刺々しい息を肺から絞り出し、気を取り直したように眉間に寄っていた皺を伸ばす。
 ――だがしかし、憂鬱そうな空気はそのままだったが。