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案内されるままに部屋へ入ればそこは客室だった。全て同じ意匠の机、ソファ、置物、壺――
典型的な金持ちの別荘。それが第一印象である。そんな素晴らしく高い家具達に囲まれて、埋もれているようにソファに腰掛けているのは女性だった。何故だろう、どこかで会った事があるような。
女性を前に、アーサーが恭しく一礼する。芝居がかったようなそれはとても大袈裟だったが、女は軽く首を傾げて微笑んだだけだった。もしこれがノエルだったらふざけるな、で始まり罵倒のしあいになることだろう。
「絵はご覧になられましたか?見事なものでしたな」
「えぇ。確かめましたよ。まさに、私が探していた絵です」
――話について行けない。
それを悟ったのか、或いは女性が気になっただけなのか一瞬目が合う。
「あの・・・彼女は?」
「あぁ、彼女はノエル。ギルドの仲間です。さすがに一人で絵を守りつつ運び出すのは不可能だったので手伝ってもらいました」
「まぁ、そうですか。ありがとうございますね、ノエルさん」
罪も何も無い、ただの綺麗な微笑みを向けられ余計に混乱する。てっきり、絵を盗めなんていう犯罪依頼を申し込んで来るような女だと思っていたのだ。
ノエルの困惑に揺れる瞳を見て、どうして手伝いなのに事情を理解していないのだ、と女の瞳もまた困惑に揺れた。
「――ノエル。彼女はトレイシーさんです。馬鹿なお前でもここまで言えば分かると思いますが、あの絵の正式な持ち主です」
「・・・え」
「ですから、美術館からの依頼はフェイクで、本来の依頼は『美術館から絵を取り戻す』事でした」
「え・・・え、っと・・・・んんん!?」
だとしたら今頃、警備員相手に戦闘を繰り広げているであろうイアンや、巻き込まれているに違い無いレイン達がやっている事というのは――
「はい。彼等は人数を揃える為に呼んだ、謂わばエキストラです。通行人Aと何ら変わりはありません」
「それはさすがに可哀相だよ!い、イアンちゃぁぁぁんっ!!」
「イアンさんはともかく、レイン君の説得が面倒臭そうですね。彼は何でもきっちりさせなければ嫌な几帳面野郎ですから」
「そういう問題じゃない!!」
――要約すると。
アーサーにとっての依頼人とは彼女、トレイシーの事で美術館の館長ではなかった。わざわざ美術館の依頼を受けたのは、警戒されず絵のもとへたどり着く為だったのだ。何て極悪人なのだろう。
つまり、絵を守るのが仕事だったのではなく、取り戻す――否、奪い返す事が依頼だった。
「ん・・・?でも、美術館に飾られる予定だった絵って《トレイシー》の最期の絵じゃなかったっけ?もう亡くなってるんじゃないの?」
「彼女は娘さんですよ。ご本人はすでに亡くなっています。だからこそ、美術館に奪い取られた名画を回収したのでしょう」
はい、と微笑んで彼女――トレイシーは頷いた。
「あの絵は、父が私の為だけに遺してくれたものですから。幾ら積まれても、お譲りするわけにはいきません」