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「起きろッ!いつまで寝てんだよ馬鹿ッ!」
「いたいっ!」
がつん、と額にチョップが炸裂する。飛び起きれば不機嫌そうな顔のアーサーが仁王立ちしていた。
寝起きのぼんやりした頭で周囲を見る。動き続けていた馬車は止まっているようだった。
「着いたの?目的地」
「はい。降りますよ。とっとと支度をしてください」
「化けの皮剥がれ過ぎでしょ、アーサー・・・」
文句を言いつつもぐぐっ、と伸びをし、立ち上がる。変な体勢で眠っていたせいか、身体の節々が痛い。そう貴族へ訴えればとても迷惑そうな顔で「インフルエンザか」と言われた。そんなわけないだろう。
降りた先を見てノエルはわぁ、と無感動な声を上げた。
「結構広い家だね。アーサーの家よりは小さいけど」
「当然です。しかし、それでもお前の家よりは大きいでしょう、この家は」
「うちは成金だからねえ」
そこそこの大きさの屋敷だ。白塗りが美しい――そう、何とも芸術的な家だった。細部にまで拘った意匠、花壇に咲く花々も配色から花弁の形、全てを考慮して計画的に植えられている。
「あ!フリージア!」
「・・・そうですね」
「最近、流行ってるのかな、フリージア育てるの」
「ノエルはつくづく馬鹿な子で、私は安心していますよ」
「はぁ?」
どういう意味だ、と問うてもそれ以降、返事は無かった。代わり、豪奢な造りの玄関へ惹き寄せられるように歩いて行った貴族は慣れた手つきで家主を呼ぶ。
出て来たのは馬車を運転していた執事姿の男だった。姿が見えないと思えば、屋敷の中へ入っていたらしい。
「お起きになられましたか。いやはや、まさか馬車の中に女性を放置するわけにもいかず、客人よりも先に中へ上がってしまいすいません」
「気にしなくて結構。夜風に晒されて、絵が傷んではいけませんからね」
鷹揚に言ったアーサーの言葉でようやく絵が無い事に気付いた。ノエルが眠っている間に屋敷内へ運ばれたらしい。
「どうぞ、お上がりください。お嬢様が待っておられますので」
恭しく一礼した執事が中へ入るよう促す。何の不思議も無く履き物を脱ぎ、中へ入って行く貴族の姿を見ながら、この中で事情を何も知らないのは自分だけだとようやく知った。