5.





 それから先はイアンのおかげか、はたまたただの偶然か。警備員には誰一人出会わず、ただただ重い絵を持って歩いた。
 ようやく立ち止まったかと思えば、美術館の外である。

「ちょ、ここ、外じゃん――」

 抗議の声を上げれば手だけでそれを制される。こちらの質問にも答えなかったアーサーはしかし、真っ直ぐ前を向いたまま言った。

「待たせましたね。じゃあ、行きましょうか」

 ――誰かいるのか、他に。
 高いアーサーの背を避けるようにして顔を出す。そこにあったのは立派な馬車と、初老の男性だった。燕尾服をこれ以上ない程着こなしている。
 そんな――まるで執事のような男は若人2人に恭しく一礼した。

「どうぞ、こちらへ。お嬢様が待っておられます」
「えぇ。さ、行きますよノエル」
「そちらのお荷物はお預かり致しましょうか?」
「お願いします」

 そうして、あれ程邪魔だった絵の重さは無くなった。初老の男性はその絵を軽々と持ち上げ、馬車に丁寧に乗せて落ちたりしないように固定している。最初から打ち合わせしていたかのような手際の良さだった。
 茫然とその光景を見ていれば腕を引かれた――否、引かれたなどという可愛らしいものではない。思い切り引っ張られた。

「いつまでもボサッとしてねぇでさっさと乗ってください。こういう物に乗っている時が一番隙だらけなんですよ」
「いやごめん!色々訊かなきゃいけない事とか出て来た!主に、イアンちゃんの処遇とか!今まさに理不尽な目に遭ってる警備のおじさん方とかの!!」
「いいから乗れつってんだよ!中で話はしてやるからよぉ!!」

 必死の抵抗も虚しく、ひょいと馬車の中へ放り込まれる。そうしてアーサーが乗り込み、ドアを閉めればそれは直ぐさま出発した。何と言うか、執事姿の彼はそつがない。全てにおいてタイミングばっちりだ。
 無事、馬のリズミカルな蹄の音が聞こえてきた事で安心したのか、溜まっていた刺々しい息を吐き出した貴族様は、で?と据わった目で問うた。

「・・・いや、もういいや・・・。ここまで来たら、いっそ知らない方がいいかもしれない・・・」
「おやおや。せっかくこの私が、話を聞いてあげようと言うのに」
「だってこれさ、明らかに誘拐事件だよ。今更他人のふりとかしても手遅れっぽいもの・・・」
「でしょうね。私の話を聞いたお前が、どんなに喚き散らして暴れたところで降りれませんし」
「横暴!」
「何とでも」

 ちくしょう、と口の中で呟きアーサーから目を逸らしたままに瞼を降ろす。色々あったのもそうだが、基本的には徹夜に慣れていないのだ。眠くなるのは当然。
 自称紳士の呆れた声が聞こえたような気もしたが――顔を伏せたノエルはその後、僅か数分で眠りの世界へ堕ちた。