4.





 貴族、アーサーのジョブは魔道剣士。狩猟族、イアンのジョブは弓矢使い――が、彼女はマルチな人間なので現在はその両手に小ぶりのナイフを持っている。
 美術館なので廊下は決して狭くはないが、それでも得物を持って人間が対峙するのであれば、美術館と言えど狭いと分別する事が出来るだろう。
 睨み合う両者。すでに1分以上この状態だ。

「ねぇ、実はそんなにやる気無いんですかね、この人達――」
「しっ!お嬢ちゃん、あまり言わない方が――」

 警備を名乗るオッサンと話していた刹那。まるで、ノエルの一言が引き金になったかのように、2人が同時に動いた。
 アーサーの剣と、イアンのナイフがぶつかり、甲高い音を立てる。
 始まってしまえば後は一瞬だった。何度も何度も影が交錯し、時には火花を散らせながら流麗なダンスのように打ち合い続ける。

「おじさーん・・・。私、どうしたらいいんでしょう」
「いや・・・それは、おじさんに聞かれても困るな・・・。というか、その絵を返してくれないかな?」
「いやですよ!そんな事したら、私がアーサーに怒られるじゃないですか!」
「えぇ・・・。じゃあ、普通にあんちゃんの手伝いすりゃいいんじゃ・・・」
「おじさんはそれでいいんですかっ!?この絵を護るのが仕事なんでしょう?」

 そうは言ってもねぇ、とおじさんは肩を竦めた。

「お嬢ちゃんお嬢ちゃん。おじさんが、あんな恐ろしい喧嘩に割って入れると思っているのかな?」
「無理だろうね。何その初期装備」
「そうだぞー。おじさんがねー、あの人達に挑むって事はね、ヒノキの棒で魔王に立ち向かう事と一緒なんだぞ」

 ――瞬間、カッ、と眩しい光が目を焼いた。

「うわぁああああ!?何!?何なの一体!?」

 一瞬遅れて、肌を嘗める熱気。
 理解した。アーサーが炎魔術を使用したのだ。薄く目を開けると、片方のナイフをどこかへ落としてしまったらしいイアンが空いた手で口元を覆っていた。

「魔術使うなんてー・・・卑怯ですよぅ!」
「知るか馬鹿娘がっ!!いいからとっとと退け、つってんだろーがよぉ!!」
「退くんでー、ノエルちゃんを返してくださいー・・・!」
「あぁ!?何で私が連れて来たものをてめぇに返さなきゃなんねーんだよ!!」

 喧嘩と言うには少々規模が大きすぎるそれ。炎系統の魔術なんて使えば、館内に燃え移る可能性があるって事を分かっているのだろうか――いや、分かっていないぞ、絶対。
 が、ノエルは至って平静だった。彼等が建物を一軒くらいおじゃんにするのは今に始まった話では無い。

「おじさんは雇われなんですか?」
「いやお嬢ちゃん!?今、そんな事言ってる場合じゃないよね!?何で平然と話戻そうとしてんの!!」
「いつもの事ですから」
「いつも仲間内でこんな事してんの!?おじさんビックリだよ!!」

 とりあえず2、3質問に答えてください、と言い、おじさんを見る。

「この絵って実は曰く付きとかそんな絵なんですか?」
「んん・・・?曰く付き?あぁでも、あまり正規ルートで手に入れた代物じゃあないみたいだな」
「どうしてそう思うのですか?」
「警備ってのが本当は今の数の2倍いたんだが、依頼内容を聞いて半分が降りちまったんだよ。おじさんはねー・・・何の事かよく分からなかったから、とりあえず残ったけど」
「つまり、館内にいる警備は揃いも揃って無能ってことですね!」
「・・・間違っちゃいないけど・・・うーん、ま、そうなるのかねぇ・・・。実際、おじさんもここで何やらされてるのかよく分かってないし」

 話を深く理解していない団体がこの美術館を警備している。そして、そんな手薄の美術館を狙ったかのように送られて来た脅迫状――
 もし、それをアーサーが知っていたのならば。
 だとしたら、館内に絵を置いておくより、移動させた方が得策なのかもしれない。
 それに気付いた瞬間、ノエルは声を張り上げた。

「イアンちゃん!やっぱり私、もう一時アーサーを手伝ってみるよ!」
「えぇー・・・本気で言ってるんですかー・・・ノエルちゃん・・・・・」

 何を考えているのか分からない、虚ろな瞳がノエルを写す。唐突な乱入者に、2人はようやっと戦闘を止めたのだ。やや壁が焦げていたり、窓硝子が3枚くらい割れているが、それは見なかった事にしよう。
 ふん、と貴族が不敵に――それでいて、どこか安堵したように鼻を鳴らした。

「当然だろう。おら、運べ。行くぞ」
「・・・人使い荒いなー。もうちょっとこう・・・私を手伝ってくれてもいいんじゃないの?」
「お前が私を手伝うと言ったのでしょう。言質取りましたからね」
「悪徳商法かッ!!」

 立ち止まったイアンは肩を竦める。着いて来るつもりは無いらしい。アーサーと彼女は犬猿の仲だし、一緒に行動する事はそうそうないから当然と言えば当然だろう。

「じゃあ、あたしー・・・・ここで、追っ手の足止めでもしてますねー・・・あとー・・・・・・・レインさんのー、ところにも・・・報告してきますからー・・・あとは好きにしちゃってください」

 そうして、イアンは華奢だが驚く程に逞しい背を向けた。それっきり、現れた時同様にふらりと闇の中へ消える。