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結界を張り終わり、少し休憩していた時だった。不意にアーサーがこちらへ向かってとんでもない事を言い出したのは。
「さ、この絵を運びますよ」
最初は何を言われているか分からず、間抜け面を彼の前に晒した事だろう。だが、素っ頓狂で突拍子もない発言を彼が真顔でしたのが悪い。というか、今起こっている事全てはだいたいこの貴族のせいだ。
ようやく何を言われたのかを理解したノエルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「意味が分からないよ・・・。全然、強盗なんて来ないし、ここに置いてていいじゃん。私達が動かなければ」
「そうですね。・・・はい、そっち持ってください。台に固定されているので、こう、こんな感じに外さなければ。額縁が壊れます」
「いや聞けよッ!全然分かってねーだろ似非紳士が!!」
「うっせーな!いいから運べつってんだよ!!」
静かな美術館に、2人の声が反響する。その響き合う叫び声を聞いて、ノエルの頭は急激に冷やされた。何をやっているんだろうか私は、と言わんばかりに。
「おら!ぼーっとしてねぇでそっち力入れろ!」
「どこへ運ぶの!?」
「あぁ?どこだっていいだろ!」
「よくないわ!!」
――いかん。これアカンやつだ。絶対におかしいもん、これ。
犯罪の片棒を担がされているのではないか。そういえば、アーサーは《トレイシー》にえらく熱心だった。この《最期の絵》が欲しいのは、彼自身じゃないだろうか。
どきまぎしているうちに、その絵が台から外れる。同時、両腕にのし掛かる重さ。こんなに重いのかと思っていれば、絵を運ぶと言い出した自称紳士は手ぶらだった。
「ちょ!絵!重いんだけど!!」
「ぐちぐち言ってねーで行くぞコラ!俺は戦闘出来ねぇてめぇと絵を――」
「化けの皮!剥がれてきてるよ!!」
ごほん、と仕切り直すように紳士の皮が剥がれた彼は咳払いした。
「ノエル、お前は戦闘が出来ないでしょう。万が一にも奇襲に遭った際、私がすぐ対処出来なければ絵に傷が付いてしまうかもしれません。よって、そのにも・・・いえ、絵はノエルが持つべきかと」
「おい!荷物って言い掛けただろ今!!」
ちくしょう、と呟きつつも彼の意見は正論だった。というか、だったら絵を動かすなという話なのだが。それに、抵抗は無意味だと悟った。彼が言う通り、ノエルに戦闘手段は無い。
――即ち、彼がこうすると決めた事に批判する場合、彼が実力行使に出れば間違い無く怪我をするのはノエル自身だ。レインには悪いが、怪我はしたくない。痛いのは嫌だ。
ので、どうなるのか分からないものの、一先ずはアーサーに着いて行く方針に決めた。運が良ければレインやイアンに鉢合わせて、貴族の馬鹿な考えを改めてくれるかもしれない。
「重いー・・・。重いよー」
「うるっせぇな!静かにしろ馬鹿!!」
「あんたの方が煩いわ」
のろのろと亀のようにゆっくりとした足取りでアーサーの後を着いて行く。絵を守ると宣言した通り、彼はノエルの事を置いて行ったりなどしなかった。
気を紛らわす為、館内を見回す。
時計が目に入った。
――現時刻、午前12時丁度。