4.





「絵に結界を張ってください」

 まったく唐突にアーサーがそう言った。冗談を言っているようには見えない。ノエルがその発言に首を傾げていれば、彼はもう一度同じ台詞を繰り返した。

「絵に、結界を張ってください」
「えー、何でよ・・・意味が分からん」
「面倒くさがってどうするんですか。何の為にお前を呼んだと思ってんだよ」
「あぁ・・・そういえば、聞いてなかったね。結界張る為に呼んだんだ。なーる」

 化け物というか、ゲテモノ揃いのギルド。そんな中で、唯一ノエルが誇れる点と言えば結界を張る才能だけだ。あとは、生傷の絶えない仲間達に治癒の魔術を施す事。サポートのみで測るならば、僧侶の右に出る者はいない。

「というか、走って向かって来るような相手だよ?絵を傷物にするとは思えないんだけど」
「馬鹿な。強盗の目的は『絵を飾らせない事』だ。絵そのものが目的ではないのだよ。つまり何が言いたいかというと、展示させない為ならば、絵を燃やしたって構わないという事だろう?」
「私が見た限り、そんな度胸があるような連中には見えないけど」

 人を見る目には自信がある。僧侶という職業柄か、人の傷を癒したり、時にはカウンセラー紛いの仕事をするのだから。ただ、何を考えているのか分からないという点ではイアンは群を抜いており、彼女の心境を読み取れた事など、一度として無いのだけれど。
 ――アーサーはその分、分かり易い。怒っていれば口調が乱暴になるし、嫌いなものには相応の表情を見せる。付き合いやすい人間ではないが、引き際を心得ていればからかい甲斐のあるタイプだ。

「張れましたか?」
「もうちょっと。台ごと固定していい?布は取る?」
「台ごと固定するのは止めてください。もしもの場合は絵を移動させる事になるかもしれません。布は取らないでください」
「・・・やっぱり気になるなぁ。凄い画家が最期に描いた絵って・・・」
「好奇心は猫をも殺す。知らない方が良い事もたくさんあるものですよ。あまり、色を出さない方が良い」

 へぇ、と呟けばようやく結界が完成した。その出来栄えを見てほう、と溜息を吐く。ノエルだけかもしれないが、術式を編むのに成功するとそれが輝いて見える。
 ――昔、レインに言った時は変な顔をされたが。

「にしても、団体なら間髪入れずにまた襲撃してくると思ったけど、散り散りに奇襲してるのかな?」
「さぁて、ね。今頃、レイン君達の所も戦闘してるかもしれませんよ」
「ふぅん・・・。それにしたって、静かだね」

 ちらり、とアーサーの方を見れば、彼はやはり何かを企んでいるような、背筋が凍るぐらい邪気に満ち満ちた笑みを浮かべていた。
 ――もしかすると、アーサーと2人きりっていうのはマズイかもしれない。
 そこで初めてそういう考えに至った。仲間内で殺し合いになる事は無いだろうが、大怪我をする可能性はある。何せ、依頼人が被ったというか、被害者の依頼を受けたメンバー半分と、加害者の依頼を受けたメンバー半分の大乱闘が起こった事件は記憶に新しい。
 仲良しこよしでギルドを立ち上げたわけじゃないのだ。初期メンバーが、それぞれ知り合いを連れて来たに過ぎない。

「お前が黙ると静かだな。何か喋ったらどうです?」
「・・・ちょっと考え事」
「気味が悪い事をするな」

 心底苦々しい顔をされた。とりあえず、その上品な横っ面を殴ってやりたくなったが、もちろん思っただけである。