3.





 日が落ちると同時、持ち場へつく。人っ子一人いない美術館の中は静まり返り、何かあるわけでもないのに不気味だった。体感温度は温度計が指し示す温度よりも、低い。気持ちの問題なのだろうが。
 冷たい大理石の壁に背を預け、レイン=ブラウンは溜息を吐いた。イアンではないが、確かに一人は退屈で、うっかり寝こけてしまってもおかしくない。
 腰に差したレイピアに触れる。魔道士なので鎧を着込んだり、そんなトチ狂った真似はしないが、それでも最低限の武装。ギルドメンバーで杖だけを道具として所持しているのはノエルだけだ。そもそも、杖は魔術補助以外何も出来ないのだから、使い勝手が悪い。

「なに黄昏ちゃってんのー。うけるー」
「・・・どうしてこっち来てんだよ、ノエル」

 顔を上げればにやにやと嗤う僧侶の姿があった。ハーフパンツのベルトに短い杖を差しており、一応は武装済み。ローブも何も着ない彼女はまったくもって魔道を嗜む者には見えなかった。
 肩を竦めた彼女は少し寒そうにしながら歩み寄って来る。

「いやね、イアンちゃんの所へ行く途中なんだけど――ちょうど、レインくんの持ち場を通るから。顔を見せに来たってわけ」
「はっ・・・お前、いつ強盗が襲撃してくるかも分かんねーのによく館内を無防備で、一人で行動出来るな」

 そうだね、とノエルが笑う。だいたいいつでも彼女は笑っているのでそれが珍しいとは思わなかった。危機感が皆無なのも、今に始まった事では無い。おかげさまで、アーサーはそろそろ禿げるかもしれないというのに。
 ――ノエルと付き合っていて、はらはらドキドキしないのは、恐らくイアンだけだ。そういう意味で言えば、彼女達はとても相性が良いのだろう。

「ノエル。もし、イアンの奴が寝てたら四の五の言わずにさっさと叩き起こせ。あいつ、戦闘中でも平気で寝てる事あるからな」
「イアンちゃんは将来、大物になると思うな」
「そういう問題じゃねーだろ。もし、何かあって対処のしようが無くなったら、イアンは置いて行けよ」
「酷いな。そんな事を言うんだ」
「うるせぇ。んで、忘れてねーだろうな。早めに、アーサーの所へ戻れよ」
「お前は私のお母さんか」

 最初はうんうん、と頷いていたノエルだったがいい加減鬱陶しいと感じたのかげんなりと顔を歪めている。
 ――しかし、それでもレインの気は収まらなかった。
 とても、美術館の警備依頼だけだとは思えないのだ。羽振りも良い、今月の生活が関わっているから尚更。

「それにしても、レインくんは滅茶苦茶、アーサーの事疑ってるよね。まぁ、私もちょっと可笑しいとは思ってるけどさ」
「まぁ、な。うまい話には裏があるもんだろ。つーか、この美術館そのものが焦臭ぇ」
「そうなんだ。よく、分からないなぁ」
「だろうな、鈍感馬鹿女め」

 はぁ?と彼女が眉根を寄せる。不快感を隠しもしないノエルはしかし、それでも何も言わなかった。そろそろイアンの事が気に掛かってきたのかもしれない。

「――正直、お前以外の奴は案外上手くやってけるんだろうが、お前だけが心配だぜ・・・。ま、俺の勘はよく当たるから。精々気をつけろよ」
「うっわ、何そのドヤ顔。ムカつくから一発殴っていい?」
「もう行けよイアンの所に!どんだけ俺の所で立ち話する気だよ!あいつがゴネ始めたら、お前のせいだからな!!」