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「ゴホン、失礼しました。では、依頼内容について説明しますよ」

 30分の休憩を挟み、悪びれた様子も無くそう言ったアーサーが手に持っているのは書類である。恐らく、何でもかんでも紙にまとめたがる彼に頼んでいたのだろう。

「俺が必要無さそうな依頼だったら、とっとと帰るからな!」
「え、そんな事言わないでよレインくん。私、アーサーと2人きりで依頼なんて絶対にヤダ」
「大丈夫だよー・・・あたしがいるからー・・・」
「うん。それが問題なんだよね。実際。アーサーとイアンちゃんの板挟みなんて、胃を雑巾絞りされているような感覚になっちゃうからね。私はまだ長生きしたい」

 てめぇらぁぁぁ、と地獄の底から響くような低音ボイス。見れば丸めた書類を机にビタンビタンと叩き付ける自称紳士がいた。

「あーあー、落ち着けって。悪かったな、アーサー。おら、聞いてるからさっさと話せよ。時間、圧してんだろ」
「・・・ふん。分かりましたよ。レイン君に免じて、とっとと話す事にします」

 再び書類に目を落とす。

「今回の依頼は護衛依頼です。といっても、護衛対象は絵であって人間ではありませんが」
「護衛依頼?戦闘クエストじゃねぇか・・・」

 戦闘、と聞いてレインがやや乗り気になったらしい。彼はアーサー曰く、チンピラなので暴れる系統の依頼は好きなのだろう。

「でも、それならただの待ちぼうけって可能性もあるよね。何も現れなかったら、ただの警備クエストでしょ」
「・・・お前さぁ。俺が折角テンション上げてんだからこう・・・もっと、乗せろよ。人が頑張って楽しく仕事しようとしてんだからよぉ・・・」
「え。そうかごめん」
「軽っ!!」

 そんな事はありませんよ、と。アーサーが口を挟んだ、口元には何やら邪悪な笑みを浮かべており、それだけで何か企んでいるのが伺える。

「彼の有名な画家、《トレイシー》が手懸けた生涯最期の絵。それが護衛対象です」
「はいはーい・・・・質問なんですけどー。それ、つまりどのくらい凄い絵なんですかー・・・」
「・・・これだから一般人は。いいですかっ!《トレイシー》が画用紙一枚に適当に描いた絵が!一枚だけでっ!この別荘二つは買えます!!」
「うぇえええええ!?マジか!何それ欲しい!!」
「何故お前が驚くんだノエル!このくらい、貴族の知識として当然ですよ!?」

 ともあれ、この拠点として使っている別荘が二つ買えるという事は、即ち相当な額であり、口にする事すら憚られるような大金に換金出来るという事だ。

「じゃあその、何だっけ・・・生涯最期の絵?ってやつは、幾らぐらいで売れるんだよ」
「そうですね。売るとするならば・・・この別荘は軽く・・・うーん、ちょっと想像出来ませんが、テーマパークが作れるぐらいになるんじゃないでしょうか」
「なんでそういうとこテキトーなんだよアーサー・・・」

 話がわき道にそれましたね、とまるで人事のように言い、貴族は淡々と再び依頼についての話を進める。

「それで、です。まぁもちろん、そんな素晴らしい絵は目的が何であれ欲しい人間がいるということです。というか、私に言わせればそんな大層な絵を美術館風情で取り扱うのがそもそもの間違いなんですが」
「身も蓋もない事言わないでッ!!」
「・・・案の定、脅迫状が届きましてね。何でも、『その絵を飾るな。忠告を無視すれば、展覧会のある日、午前12時に強襲する』。なんていうとんでもない内容ですよ」
「えー・・・あたしがー・・・強盗だったら、いちいちー、脅迫状なんて送らないんですけどねぇ・・・。時間なんて書いちゃったらー、その時間に来るってバレバレじゃないですかー」

 そうだな、と納得したのはレインだった。

「なんつうか、やり口に確実性がねぇな。美しい強盗犯にでもなりてぇのかよ、って感じだぜ。忍び込むのはいいとして、時間を教えてやる必要は無いだろ」
「ですよねー・・・。それにー・・・要求も、ちょーっと納得できないですよぅ・・・。絵が欲しいわけじゃなさそうに聞こえますしー・・・」

 くつくつ、と嗤い声を漏らしたのはアーサーだった。心底可笑しそうな目で議論する2人を見ている。

「それそのものが罠、という可能性もあるでしょう。わざと時刻を取り決め、その時間以外には絶対に忍び込まないと思わせる。そういう手口かもしれませんよ?」
「うわ、姑息だな」
「その辺で止めようよ、みんな。どっちが強盗犯か分からないよ物騒すぎて」

 ――そんな事よりも、私にはもっと気になる事がある。
 ちらり、とアーサーを盗み見るも、彼はイアンの対応に追われておりこちらを微かにも見ていなかった。
 気付いていないのだろうか。
 そんな――そんな、素晴らしい絵の護衛に、ギルドなんかを使う不自然さに。
 正直、強盗よりも美術館、つまり依頼人側の意図が不明過ぎて不気味だ。そんなに大事な物ならば尚更、ギルドなどではなく相応の機関を頼るべきである。

「どうかしましたか、ノエル?」
「・・・いいや、何でも無い」

 咄嗟に、そう嘘を吐いた。ただ、何となく。