第2話

4


 バートランドさん、と声を掛ける。緩慢な動きで振り返ったアルハルトが小首を傾げた。自分が呼ばれたわけではないと理解しつつ、誰の事を言っているのかと考えを巡らせているような顔。
 しかし彼が現状を把握するより早く、呼ばれた本人の方が反応した。招かれたのだから中へ入っていいだろうと言わんばかりに体格の良い剣聖の身体を押しのけ、別荘の中へ。

「よぉ、エディス!元気そうじゃねぇか!いやぁ、お前が異動になってから温いボンボンばっかで扱いに困るぜ!」

 撫で付けた髪に立派な髭。50代後半くらい、妙齢の男性はそう言って親しげに手を挙げた。彼の名前はバートランド。元エディスの上司であり、戦場のいろは全ては彼の享受である。故に気楽な様子の老兵に対し恭しい礼を返す。

「そう畏まらなくていいぜ。俺は教え子が立派に仕事してて嬉しい限りだよ・・・っと、そういやここに用があったんだ。この《特務》にな。あ、これ接客用ソファ?座るぜ」
「任務か。同席する」

 座るよう促すとバートランドはゆったりした動作でロビーに備え付けてあったソファに腰掛けた。対面に座る――と、任務を受ける側であるアルハルトが当然のようにその隣に腰掛けた。いやいや、あなた部下なんだから立っておくとか色々あったでしょ。
 さて、とバートランドは先程まで浮かべていた人の良さそうな表情を消す。成る程それは歴戦の老兵に他ならない、仕事の顔だった。

「さぁて、仕事の時間だぜ。実はだな、情けない事にちょっとまずい事態になってる。俺の部隊じゃねぇが、一緒に作戦をやってた部隊だ。見捨てるわけにもいかねぇ。で、ちょうど見つけたのがここだ」

 使い方は間違っちゃいない。何故なら、《特務》の主な仕事は国の軍と差して変わらないからだ。こちらのスタイルとしては少数精鋭、甚大な被害が予想される魔物との戦闘において強い人間を送り込む事で被害を限りなくゼロに抑えるのが仕事だ。
 だからバートランドの判断は正しい。何か手が回らない事があれば、こちらが暇である限りは救援要請を出して良いのだ。

「救援要請を出す。相応の報酬は払うぜ――あっちさんの部隊長がな」
「状況が見えないな。今は休戦しているのか?」
「いんや?一人指揮できる奴に投げてきた。まあ、状況はほぼ動いてないさ。何せ、部隊の片割れが沈んでるからな。包囲してそのまま様子見じょうたいさね」

 それは割と一刻を争う状況なのでは?胡乱げな瞳をバートランドに向けると、彼は失笑した。いやだから笑い事じゃないって。