第2話

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 水が流れていく音。手にはスポンジを持ち、洗剤で丁寧に皿の汚れを落としていく。流れていく泡を見つめながら、ジルヴィアは嘆息した。静まり返った流しにそれが虚しく響く。
 魔物対策《特務》。確か新しい職場の名前はそんな感じだった。
 王国から持ち掛けられた案件。帝国自体はあまり乗り気じゃなく、派遣されたのが女である自分を鑑みてもあまり協力的じゃないのだろう。お隣を不快にさせないように、程度で貸し出された存在。それが自分である。
 王国側は自国の5本指に入るような実力者――剣聖、アルハルトを提供した。自分が場違いである事を痛感させられるも、指揮官であるエディスに着いて来たというデルクの存在からして、数さえ揃えば実は何でも良いんじゃないかとも思える。
 身の振り方が解らない。
 指揮官殿の意向が分からない。
 媚びを売るのは好ましくないが、上司の期待に応えようと考えるのは悪い事じゃないと思っている。故に、相手が誰であろうと最善の結果を提供したいのだが肝心の上司が何を考えているのか分からない。
 最初はひ弱な女が上司になったのだと思っていたが、案外剛胆な所もある上、品の良い振る舞いからは考えられない粗野な思考を持っている事も把握した。
 ――帝国にはいなかった人種だ。同時に、自分とはまったく別種の人間でもある。
 はぁ、と盛大な溜息を吐いて蛇口の水を止めた。まあいい、とにかく成果。過程ではなく結果が全て。世の中とは等しく弱肉強食である。
 随分と上達した皿洗いに満足感を覚えながら、ジルヴィアは台所を後にした。

 ***

 紅茶が美味しい。そも、紅茶を淹れるのが一番上手いのはデルクだった。彼は立派な戦闘員だが前の職場でも事あるごとに自分を構い倒し、いつの間にか美味しい紅茶の淹れ方をマスターしていた猛者である。
 ――が、この紅茶はそんなデルクの血と汗の結晶より格段に美味しい。

「どうでしょうか。砂糖は要りませんか?ミルクは要りませんか?何でも申しつけて下さいね、ご主人様」

 玄関口で自分達を迎えてくれたこの女性はクラウディアと言うらしい。特に害は無いし、レリアが後から説明するとそう言ったので機械の国の仲間なのかもしれない。
 ただ一つ、出会った当初から覚える強烈な違和感。その正体だけは今のうちに確かめたい。
 周囲を見回し、自分とメイド以外誰もいない事を確認。
 さて、彼女に聞きたい事は簡単だ。実は貴方も人形なのではないのか、である。確信は無い。ただ漠然とそう感じたに過ぎないのだが、どこかに残っている本能が彼女は人間ではないと告げている。
 クラウディアは質問に頷くと紅茶を出した時と変わらない様子で応じた。

「レリア様から伺っていないでしょうか。わたくしは機械の国より参りました、アンドロイドでございます。貴方様とお話しているのは侍女ではなく、この人形に埋め込まれたAIです」

 余計に混乱する一言を有り難う。それはつまり、自分と彼女は違う、という事だろうか。同じ境遇の人間かと思っていたのだが。

「貴方様とわたくしは天と地程の違いがございます。第一に、貴方様を模した人形を動かしているのは『エディス』様という人格ですが、わたくしは人工的に創られたAIが行動を取り決めております。故に、わたくしはこの身体から思考に至るまで全て人間の手が創り、生み出されたものです。例えるのならば、我々アンドロイドはフラスコから。人間は人間の腹から。出生方法が大きく異なります」

 外見は同じ人工物でも、中身は違うと言いたいのだろうか。酷く自虐的な発言だが、それとは裏腹にやはり声音は紅茶を差し入れしてくれた時と変わらない。成る程、これが人工物の賜物か。