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王からの命令はこの《特務》を運営し、必要があれば人員を増やす事である。増やした人員を育成するのは仕事の範囲外であるが、人数が人数だ。ここで働けるメンバーを一人二人増やすのも間違った判断ではない。
戦闘がいくら壊滅的であろうと、事務仕事だって仕事は仕事だ。
――ので、いくつかの条件を出しそれを呑む事で契約成立としよう。
「お?手続きは正規っぽくないけど、案外話の解る奴だな」
「えぇ、良いんですかこんな怪しい人。どこかのスパイとかだったら・・・え?どこのスパイだって?そういえば、間者案件はあまり挙がりませんよね、魔物討伐に関しては」
デルクが考えているうちに必ず守ってもらう条件を3つ提示する。
1つ、紹介の紹介は基本的に禁止。人員を動かしていいのは責任者である自分だけであり、勝手に依頼を受けて来る事は原則許可出来ない事。
これに関しての理由は簡単だ。ジルヴィアもアルハルトも各国の代表であり、同時に正規の軍人ではない。よって、我々の仕事は「人助け」ではなく、軍を助けるのが仕事である。勝手に別の依頼へ貸し出す事は出来ない。
2つ、国王からのレンタルであるジルヴィアとアルハルトの好待遇には目を瞑る事。
どうしても自分が引き入れた部下と、自分の上司且つ国の最高上位に位置する王の紹介で仲間になった彼等2人の待遇が同じである事は無い。平等など幻想であり、依頼へ出す出さないもまた不平等である。
3つ、場合によっては死亡事故が起きる可能性がある任務がある事。
言わずともがな、軍で相手をするのに分が悪い相手の任務がほとんどである。それはつまり人命の保証が出来ない事と同義だ。
「ま、ギルドと変わらない条件だな。打倒って事だ」
「口を慎め。一応は上司だ」
「あんた、好待遇の方だったんだな・・・」
アルハルトの一言を鼻で嗤う青年。しかし、条件を呑む気ではあるようだ。す、と手を差し出される。
「おう、これからよろしくな。俺はデクスター。見ての通り、限りなく魔法寄りの魔剣士ってところだぜ」
「驚いたな。とんだ甘ちゃんじゃないか、エディス。あたしはこんな得体の知れないガキはごめんだ。面倒すら見たく無い」
「何ですかジルヴィアさん。彼じゃなかったら、ちゃんと面倒見てあげるんですか?新入りの」
いつも通り鬱陶しいくらいジルヴィアに絡んでいくデルクを尻目に、帰るのは明日になるだろうな、と沈んで行く太陽を見つめて溜息を吐いた。
***
翌日、昼過ぎ。
ようやっと拠点へたどり着いた。長い、長い道のりだったし体力の無い自分とデクスターはすでに虫の息だ。というか、非戦闘員である自分はともかく一応は役職に剣士の2文字をくっつけている奴がへばってどうする。
「帰ったぞ」
言いながらスタスタと勝手知ったる様子で早々に自室へ消えるアルハルト。続いて別荘の中へと足を向け、そのまま固まった。荷物を置こうと下げていた視線。その先にまったく見慣れない足を見つけたのだ。
黒地に白いレースが覗いている眺めのスカート。真っ黒でどこか上品さを持った靴。日焼けなど知らない真っ白な両脚。あれ、レリアはこんな服を着ていた事があっただろうか。彼女はいつだって白衣のはず――
「お帰りなさいませ、ご主人様。荷物をお預かり致します」
聞き慣れない声にやっと顔を上げる。
真っ黒の髪を固く団子に結い上げた無表情、着ているこの服はよく見ればエプロンドレスだ。まさに、想像の中から切り取って連れてきたメイドのような。
――いや誰だ、こいつは。
当然ジルヴィアも、デルクもデクスターに至っては何を立ち止まっているんだと困惑している。つまり、誰の顔見知りでもない。