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話を一方的に打ち切ったアルハルトがようやく動き出す。すでに剣は抜き放たれて光を反射し、鋼が煌めく。それが彼の髪色とそっくりだなどと柄にもない事を考えていた。
「わくわくしてきますね。剣聖が戦う姿を近くで見られるなんて。あ、でもエディスさんはあまり興味が無いかもしれないですけど・・・」
そんな事は無い、と否定したいのは山々だがあながち間違いではないデルクの言葉に苦笑を返す事しか出来なかった。自分が知りたいのは彼等の強度であって、優美な剣技で敵がどうなるとか、そういうものじゃない。手に入れたいのは敵を殲滅する能力である。
しかし、デルクの見たかったもの、自分の視たかったもの、どちらも視界に収める事は叶わなかった。
滑るような動きでスライム亜種へと肉薄したアルハルトはフィギュアスケートを彷彿させる動きで魚が水から跳ね出るように跳躍、踊るように回転したかと思えばもうスライムの動きは止まっていた。
「・・・よく、見えなかったんですけど。エディスさんは何か見えました?」
いいや、と首を振る。デルクの言う通り、自分の目には一連の行動が神速で行われた事しか理解出来なかった。スライムの体表を撫でただけに思えたが、ずるりと崩れたスライムの身体がズレて地面に転がったのを見ると思い切った切れ方をしたのだと戦慄する。
剣を振るい、付着物を落とした剣聖は任務始めの時と変わらないぼんやりした表情でこちらを振り返った。
「終わった」
見れば分かりますけど。
仕方無いので散らばっていたジルヴィアにも声を掛ける。彼女は凄い形相でアルハルトを睨み付けていたが、何が気に障ったのだろうか。
集合を掛けたのは身内のみだったはずだが、当然の如く例の魔法使いのような青年も着いて来た。いや、君は自分の住処へ帰ったらどうだろうか。こちらは国から出された正式な任務を元に動いている。
「へぇ、あんたがここのお偉いさん?何かの組織っぽいよな」
不躾にそう問い掛けて来た青年に対し、不快を隠そうともしないジルヴィアが青年の脛を蹴飛ばした。上がる悲鳴。デルクが唐突な意味の分からない暴力を止めないのも闇を感じさせられて司令塔としては色々辛いものがある。
「何の目的だ貴様、礼なら良いぞ。あたし達は任務でここにいるだけだ」
「そりゃそっちのお兄さんが言ってたから知ってるっつの!で、本題だ本題!俺も仲間に入れろよ!あんた等、見た所かなり良い所の兵士だろ!」
間違ってはいないし、大抵の人間は司令官のような人物がいて強い兵士がいれば軍か何かだと思うだろうが、こちらは事情が事情だ。強い所を見せてもらい、且つ売り込みをしてくるのならば考えるが――
いやそもそも、彼はどこかフリーギルド所属とかではないのか。
「あ?俺?いや、俺はたんに魔道国から出て武者修行中なんだけど。ギルドなんて所属しねぇよ、抜けるのが面倒だろ」
機密をたくさん抱える民間のギルドは入ったが最後、抜けるのが難しい。どのくらいの期間滞在していたかにもよるだろうが、そこでメンバーとして働くという事は遠からず機密に触れて生活する事になる。故に、ギルドの傭兵は一度入ればそこで最後の時まで過ごす者が大半だ。
が、ギルドで一生を終える気が無いのであれば彼には彼の目的があるはずなのだ。《特務》そのものに大きな機密事項は無いが、エディスと呼ばれているこの人形は機密の塊。近い未来に離脱が考えられる者は確保したくないのが実情だ。
「正式な手続きを取って出直せ、クソ餓鬼。礼がなっていないぞ」
「いやあんたみたいな無骨な軍人、って感じの女には言われたくないぜ・・・とにかく!あんたが責任者みたいだし、どうだ?悪い話じゃないだろ!」
キラキラした目で見られている。ジルヴィアは断固反対、というか公的機関なのに適当な理由で人を出入りさせるのが気に入らない、といった様子だ。