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目的のポイントに到達し、一番に目にしたのは腰に手を当てて立ち止まるジルヴィアだった。その隣には剣の柄を肘掛けにして何か一点を見つめているアルハルトの姿もある。
「おや、どうかしたんでしょうか?・・・目標を見失ったとか?」
目の前にいるというのにどうやって見失えと言うのか。荷台を適当な場所に駐めたデルクが両名に駆け寄る。トラブルが起きたのは明白で、しかし魔物を放ってでも戻って来ないという事はそう大事でもないのか。
カッ、と強烈な光が網膜を焼いた。
ぎょっとしてデルクを追おうとした足を止める。今のは討伐対象――スライム亜種が行う攻撃によって生じた光ではない。誰かが魔法を使用した際に起こる現象に近い。
「遅かったな」
戦っている様子が無いので一番安全そうなアルハルトの背後に忍び寄れば首だけ動かしてこちらを一瞥した剣聖その人が呟いた。荷台に乗って来たと言えば彼はそうか、といつも通り一つだけ頷く。
戦闘員達が見ている景色を実際に見てみれば、何がどうして立ち往生し行動を起こさないのかすぐに理解出来た。金髪の青年がいる。深緑色の物々しいローブをまとい、手には何故かレイピアを持っていた。魔法職っぽいが、剣職っぽくもある。両刀遣いなのかもしれない。
魔法が炸裂する。炎の魔法、氷の魔法、風の魔法。元素系をよく使っているが――
「中々の威力がある魔法だな。けれど、効いているように見えない。・・・お前、この事知ってただろ」
そりゃそうだ。知っていて指示を出した、と彼女には確かに伝えたはずだが。
ジルヴィアは眉間に皺を寄せ、苛々と爪先で地面を叩いている。
「普通のスライムとは逆の性質を持つのか。彼はいつになったらそれに気付くだろうな」
「あれはあたし達の討伐対象だろ。見物するのもいいが、そろそろ獲物を返せと要求していいんじゃないのか?・・・どうなんだ、エディス」
顎に手を当て思案しているアルハルト。確かに、例の青年はめげず魔物へ向かって行っているが、亜種だと気付くのにあとどのくらい掛かる事か。あまり戦闘している人間への横槍は好ましくないが、ここは無理してでも『救援』と銘打って横取りすべきか。
――魔力が尽きるまで待っている暇は無い。そんな時間は無いし、今もなお森林の腐敗度を上げながら亜種が暴れている事になる。
「見ていられないな。出るぞ」
突撃、の合図を出すより早く剣聖が疾走を開始した。待て、とジルヴィアがやはり司令塔の指示も聞かず駆け出す。デルクは興味を削がれたのか、或いは面倒だったのか自分の隣から動こうとはしなかった。
「え、俺は行かなくていいのかって?ええ、いいですよ。あのスライム亜種っていうのも大した事無さそうですし、だったらエディスさんの護衛してた方が有意義な時間を過ごせます。役得ってやつですね!」
などと話している間にアルハルトが青年とスライムの間に割り込んだ。余程目の前の敵に集中していたのか、青年の緑色の双眸が見開かれる。
「オイ、邪魔するなよ!俺の生活が懸かってんだって!」
「君は何の話をしている・・・?」
「だから!討伐報酬が懸かってんだよ、余計な事するな!いやホント、割とひもじい思いしてんだ、俺・・・」
――どうやら例の青年、討伐報酬の為にスライムと戦っていたらしい。傭兵か何かなのだろうか。にしても、魔法職が一人で魔物狩りなど無謀以外の何者でもないが。
対して、一瞬とは言え魔物の方へ意識を向けていた剣聖は小さく首を傾げた。
「すまない、よく聞いていなかった。もう一度言ってくれるか?」
「前見ろ前!潰されるぞお前!!何なんだよもう!」
「何をしに来たのか、と聞いているのか。任務と名目上君の救出だ」
「名目上とか言うなよ!つか、お前等の目的とかどうでもいいわ!」
「実は腕試しをしている」
「正直か!いやもういいから、俺を救出しに来たんならちゃんと助けてくれよ!」
頭の痛くなってくる会話だ。聞こえないふりをしておこう。
ちゃんと仕事をしているのが剣と銃をバランス良く使いこなしているジルヴィアだけだという事実にも気付かないふりが一番だろう。