1.

1


 拠点で生活を始めて3日が経った。補給班がそれなりの食糧、燃料を持って来てくれるが彼等はよく食べる食べる。すでに1回デルクとアルハルトが狩りへ出掛けて行った。ウサギとイノシシを持って帰って来たが、いまだに冷凍保存されている。さすがに食べきれなかったのだ。
 何が言いたいかというと、彼等、案外生活感がある。この場合はサバイバル能力とでも言った方がいいのかもしれないが。ちなみに食事なんかは当番制。まだ任務依頼は来ていないが全員でバラバラに台所へ立つより一人が準備した方が効率が良い。
 部屋から出てロビーへ下りる。レリアを除き、全員が自分より早起きなので別荘の至る所に電気が点いていた。消して行ってくれないか。

「あ、おはようございます、エディスさん!今日も良い朝ですね!一緒に身体でも鍛えます?・・・鍛えませんか、そうですか」
「うう、おはようございます。ああ、眠い・・・」

 ロビーで立ち話していたのはデルクとレリアだった。デルクはともかく、レリアがこの時間に活動を始めているのは珍しい――と、よく見たら彼女、寝間着である。どうやらデルクに叩き起こされたらしい。目もまだ眠そうだし、明らかにまだ覚醒していない。
 そういえば聞いてくださいよ、とデルクが話し始める。

「今気付いたんですけど、今日の朝食に使った卵。あれ、賞味期限切れてたみたいなんですよね!」
「すいません・・・ちょっと眠くて期限表記が・・・来年まで大丈夫かなって」

 そんなわけないだろ、卵だぞ。どう考えたって来年までは持たないだろ。表記どころか常識まで疑って掛かるレベルだ。しかし、止めなかったデルクも同罪。どのくらい期限が切れていたのは定かではないが――まあ、自分のこの人形の身体なら気合いで消化出来るだろう。他の面々は知らないが。

「今起きて来たんですか、エディスさん。・・・え、レリアに二度寝の許可?駄目ですよ!折角早起きしたんだから、このまま早起きの素晴らしさを・・・ああっ!寝ないでください、レリアさん!」
「1時間しか寝てないんです・・・ホント勘弁してください・・・」

 深夜2時からが私の時間です、いつだったかレリアはそう言っていた。
 憐れなレリアを生暖かい目で見送り、食卓へ。朝食は食べなければ頭が回らない。

「・・・ああ、おはよう」

 まだ眠ってるんじゃないのかあなたは。食卓へ着くとアルハルトがぼんやりと朝食を摂っていた。鳥が餌を啄むようにゆっくりと咀嚼している。ぼんやりとした双眸だが、彼もまた早起きする部類で眠そうな顔とはまた違った印象だ。
 起きてこの顔。それが剣聖、アルハルトである。

「一つ、聞きたい事があるのだが。このスクランブルエッグを作ったのは誰だ?・・・その、明らかに酸味のような味が舌に刺さる」

 一先ずデルクを生贄に。レリアは可哀相なのでこんなぼんやり剣士に差し出す事が出来なかった。そうか、と一つ頷いたアルハルトは変わらず朝食を口へ運んでいる。急ぎの食事である自分がすでに食べ終わりそうだと言うのに。
 ふと、そのぼんやりした目と目が合った。何なんだ。

「任務とやらはまだ受けないのか?」

 そりゃ、国から要請が来ない限りはここで共同生活を送るだけなのだが。それを伝えるとアルハルトはそうか、とやはり一つ頷いて食事に戻った。
 釈然としない気分ながらもトレーを持ち、台所へ。使った皿は自分で洗うのがルールだ。
 が、ここでも今日は朝から人に会う運命にあったらしい。水が流れる音が聞こえると思えば、すでにジルヴィアが皿を洗っていた。

「ん?ああ、おはよう。お前が先に来たか・・・まだアイツ、朝食を摂っているのか?」

 アイツ、とはアルハルトの事だろう。眉間に皺を寄せているジルヴィアだが皿の洗い方が絶望的に下手だ。それ、肝心な汚れている面はちっとも洗えていないのではないだろうか。それを指摘すると彼女はそっぽを向きながら全然違う話を始める。慣れていないのを見られて恥ずかしかったのかもしれない。

「おい、あの炒り卵。作ったのは誰だ?ヨーグルトでも入れたのか、アレ」

 ――いや入れてないでしょうね。
 仕方が無いのでデルクを生贄に差し出した。「やはりアイツか」、とジルヴィアは憤慨している。デルクは案外真面目な子なのだが。たまにずぼらな所あるけど。にしても卵の話題ばかりだ。話題性には欠けない集団なのだが、ここまで食材に注目が集まるとは。予想外だ。

「そういえば、昨日デルクとアルハルトが裏の森で手合わせしてたぞ。ちゃんと注意しておけよ、森林伐採は違法だと。倒れた木は仕方が無いから薪に使わせて貰った」

 倒壊事件起きなくて良かった。どうして鍛錬所とかいう汗臭い場所を設置しているのにそこでやらないんだ、とは言わない。やってくれなくて良かった。そうか、人工の建造物程度ではあの化け物共を止められないのか。

「ところで、あたし達はいつから仕事なんだ?いい加減、身体が鈍ってきたぞ」

 ――どうやら戦闘狂の面々はそろそろガッツリ任務をこなさないとこのまま腐ってしまいそうだ。卵じゃないけど。