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うむ、と王は満足そうに頷いた。
「そなたと会うのは二度目だな。覚えているぞ、初めての昇級で物怖じせず謁見の間へやって来た事を」
――覚えられていたらしい。
確かに周りは男しかいなかった上、情けなくその男達が震えているのに心中では同意していたのを覚えている。うん、確かに王との謁見なんて緊張で五臓六腑吐き出しそうだったよね。
今はどうなっているのかも分からない同期達を思い、一瞬だけ意識がフェードアウトした。いけない、緊張感が足りていない。
「まずは祝福を。そなたの階級を上げる事にした」
そう、その件についてはまるで納得がいかない。何をしたわけでもなければ、更に自分は魔物化して今まで病院の一室で軟禁状態だったのだ。それをいきなり昇格だなんて、認められない。
国王が苦笑する。まったく平静だったはずなのに、考えが伝わったらしい。読心術のスキル高すぎるだろ。
「不満は承知だ。だが、これはそなたにしか出来ぬ仕事である。その為には大佐という肩書きが必要だ。・・・仕事熱心なそなたには悪いが、これからの任務でその肩書きが相応しい事を示して欲しい」
やはり、裏があったか。大変申し訳ない顔をしている王だからこそこの程度で済んだが、これがニヤニヤ嗤う先輩であったなら闇討ちを検討するレベルである。しかし、昇級してもやらせたい仕事とは何だろう。
「耳にした事くらいはあるだろう。魔物化が深刻化してきた今、我々は異国とも手を組み事に当たらねばならん。しかし、な。問題が起きた」
その計画の全容は知っている。ようは、他国から一個人でも力を持つ人材を集め《魔物対策・特務》という機関を作るという話だ。聞いたところによると話は案外まとまりつつあったようだが、何かあったのだろうか。
「1旅団に匹敵するような人材が全て傭兵である事、これが問題だ。兵士を一人二人借りてきたところで群としてでしか力を発揮出来ぬ人間をバラした烏合の衆に過ぎぬ。だが、個人で力を発揮出来る人材は軍には属さぬ」
――成る程。あって然るべき問題だ。
例えば王国で3本指に入る剣聖達。彼等はその内の一人たりとも軍に属していない。完全にフリーの傭兵業で毎日稼いでいる状態だ。まあ、剣術の師範をしている者もいるが。どうしても兵職の給料と個人で稼げる給料が釣り合わない。一人で働いて稼いだ方が生活が楽であるし、何より絶対的な強さを持った者というのは変わり種である事が多い。それが軍に居座るとは考え辛かった。
「――が、それでも苦心して2名程集めた。そなたにはこれから人材を増やしつつ、《特務》のバックアップを行って貰う」
えっ、一応集めはしたの?今から集めろ、という任務かと思っていたが違ったらしい。すでに《特務》を運営しろという任務だったのだ。
同時に何故昇級させられたのかも理解した。今までの自分の役目は現場指揮だった。現場へ出向き、直接指示を出すやり方だ。だが、大佐になった以上現場ではなく拠点で指示を出す事が認められる。というか、この案件は少尉が預かるには事が大きすぎる。故に、ここにきての昇格。
何故自分なのか、は愚問だ。
まず一つ、この人形の身体は恐らく魔物化しない。無機物だからだ。どんなに人間に近くとも、この身体が人間のものでないことは明白。似て非なるものは非なるものでしかない。そして二つ、私、エディスは替えがきく人間になったからだ。いつ暴走するかも分からず、いつ調子を崩して今の状態を維持出来なくなるかも分からない。だからこそ、すぐに替えられるポストを手渡された。
――不満は無い。
むしろ、そういった負の側面があって安堵するばかりである。これまで通り扱われてしまうと、自分の状況を忘れてしまいそうだ。
「復帰したばかりですまぬ。だが、こういった不統一の集団を統一出来る手腕があるのはそなただけだと言って譲らなくてな。そなたの師が」
――駄目だ違った!これ負の側面とか無いわ。
世話焼きの無口な師を思い出して不覚にも涙が込み上げてきた。そうして欲しかったけど、意図が違う。意図が。これじゃ本当にただの昇級式だ。
「うむうむ、感動しているのだな。では、明日集めた面々と顔を合わせよ。拠点は別の場所に用意してある」
心優しい国王の慈愛に満ちた笑みを前に「はい」以外の返事が出来るはずがなかった。