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それから一週間が過ぎた。
無事――何も無事ではないが――退院である。普通に退院出来て拍子抜けを通り越し、薄ら寒さまで感じる。だから、どうして普通の人間のように扱われているのか。もっとこう、機密事項だから外には出られないんだ、という展開を予想していたのだが。
当然、人形の身体については伏せるよう言われたし、調子が悪ければすぐ連絡しろとも言われた。うん、どう考えたって普通に病院を退院した注意事項でしかない。本当に大丈夫かこの国。
本来なら自分の境遇に嘆き悲しむところなのだが、もうその気さえ失せた。これヤバイ、これ国が滅ぶ。魔物化によって。なお、やはり『エディス』は逃げ出してしまってどこへ行ったのかも分からない状況だ。ちなみに余談だが、この身体でも普通に腹が減る。妙なところを懲りすぎていると思う。
そして退院した今日、国王への謁見をしなければならない。ハードスケジュールなんだけど、何だか間の抜けている事態。いや、自分は国の重鎮と会っていいのだろうか。しかし、そう考えつつもすでに足は王城のレッドカーペットを踏んでいる。というか、荘厳な扉ももう見えている。
王に会うのは今回で二度目だ。一度目は昇級した時、他の昇級者と共に王と謁見した。ただし、今回の謁見は異例中の異例だし、確実に面白可笑しい事では無い。
案内していた王属――近衛兵が扉の前で機械仕掛けのようにピタリと止まる。よく訓練された動きだ。
「こちらです、エディス大佐」
――え。
今なんか変な言葉が聞こえた。何か今勝手に昇級してた。間違ってるぞ、近衛兵。私の階級は少尉だ。
間違いを訂正する暇も無く、大きな扉は案内して来た兵士と扉番の兵士が2人で開く。重そうに見えるがそれを感じさせない優雅な動作だった。
長年の軍生活のせいか、玉座が見えた途端、動揺は一先ず心の奥底へ仕舞われた。成功のコツは初めての場面でも物怖じした様子を見せない事だ。これで大概はやり過ごせる。とにかく冷静に振る舞う自分の姿を忘れるな。
いつかの時のように迷い無く、自分が主役であるのだと言い聞かせてこの世で一番尊い絨毯を踏みしめる。実際、心臓は早鐘を打っているし足は地に着いている感覚がない。が、それを見せてはいけない。所詮人間など第一印象が全てだ。
玉座の前まで進み、深く礼をして膝をつく。王国での陛下へ対する一般的な所作だ。
「久しいな。よい、体調が優れぬであろう。立つが良い」
言葉の端々に労りが込められていてとてつもない罪悪感に襲われる。間違い無く事情を知っている人物の一人だが、王が一介の軍属に気遣いというのも変な話だ。
恐る恐る顔を上げ、直立すると国王は慈愛に満ち満ちた笑みを浮かべた。王、と言うより村長とか町長とかの肩書きが似合いそうな、身内に優しいような統率者。それが王国の王、アレクサンダーの本質である。
だからこそ心配になる。彼が悪いわけではない、彼が優しい人間であるのならば彼以外の人間は厳しくあらねばならない。例えば、こんな不審人物である自分を王と謁見させるなんて駄目だ、と止められる人間が。