プロローグ

3


 彼女の話を要約すると、型ハメ理論に則って型として造った人形が勝手に動き出し、取り敢えず思わぬ事態ではあるが病室のベッドに寝かしておこう、これが現状である。
 ――うん、正直バカなんじゃないかなって。
 思った言葉を無理矢理飲み下す。現場指揮が自分であったならそんな危険な賭けは出来ない。せめてこの人形を拘束しておくだろう。いきなり暴れ出したらこの病院落ちるぞ、これ。型ハメ理論とか言い出した時点で色々察していたけど。
 あと、これも非常に気に掛かるのだが『エディス』はどこへやったのだろう。型の人形は私が使っている。だとすると、こんな人形を何個も用意しているはずがないのだからもう1つ人形を作成している事だろう。
 この病院には人間を拘束する道具はあっても、魔物を拘束出来る設備は無い。
 自分がこの人形を乗っ取り、眠りから覚めるまで一体どれ程の時間が経った――

「えっ?そうですね・・・14時間くらい経ちました。もう動き出さないんじゃないか、って思ったんですけど呼吸器官は動いていましたし・・・え?『エディス』をどこへやったかって?・・・あれ、そういえばどうしたんでしょう?」

 嫌な予感がする、激烈に。というかもうこれは確信だ。
 いいかい、よく聞くんだよ。この病院には魔物を拘束するような道具は――
 そう言い掛けた時だった。一個か二個下の階から硝子を叩き割るような音と、絹を裂いたような悲鳴。続いて大勢が走っているような音が聞こえたのは。
 ああ、手遅れだったかと冷静に頭を抱える。神懸かったかのようなタイミングだったのはさておき、まあ間違い無く『エディス』が逃げ出したのだろう。一体どんな魔物になっているのやら。そして、自分は無事元の身体へ戻れるのか一生をこの人形として過ごさなければならないのか。
 顔を青くした彼女は弾かれたように病室から飛び出す。
 当然止めはしたのだが、彼女の足が止まる事は無く、再び病室には静寂が訪れた。

 ***

 それから何時間が経っただろうか。
 1時間経っても誰もやって来なかったので、心地よい睡魔に襲われて心ゆくまで睡眠を貪った。のだが、この病室には時計が無い。ついでに窓も無い。昼なのか夜なのか、それすら分からない。『病人を拘束する』道具がある病院だ。こんな部屋もあって然り、と言うべきなのだろうが。
 コンコン、とドアがノックされる。
 この落ち着きを払った感じはあの彼女ではない、と自己完結した。誰がやって来たのか分からないので黙りを決め込んでいると、勝手にドアが開けられる。

「あれー、エディスさん、寝て・・・ないみたいですね。返事してくださいよ、てっきり眠っているのかと思いましたよ」

 言いながら青年が入って来た。人当たりの良い笑みを浮かべている。一瞬誰だったか、と迷ってその存在にすぐ思い至った。
 彼の名前はデルク。自分の部下であり、1ヶ月前から任務で顔を合わせていなかった。成る程、いつの間にか帰っていたらしい。兵士達の中ではかなり若い方の彼だが、私は彼をとても重宝していた。歳が同じくらいなので反発せず任務をこなしてくれるし、何より口だけのそれと違って彼は強い。これ以上ない程の優良物件だったのだ。
 考え込んでいるとデルクが小さく首を傾げた。

「あれ、エディスさんちょっと変わりました?何かいつもと違うような・・・というか、顔色悪いような・・・」

 病気で寝込んでいたのだから当然だ、と咄嗟に誤魔化す言葉が口をついて出る。というか、こいつは見舞いに来たのではないのか。