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魔物化の症状。
まず、治りかけていた怪我がそれ以上治らなくなった。治癒魔法も効果無し。次に非常に腹が減るし喉が渇くようになった。最後には怪我をした所から赤黒く変色して、そこで初めて自分が取り返しの付かない事になっているのだと自覚したのだ。
誰かが王国へ「患者が魔物化した」、と伝えたらしい。暴れ出すと困るのですぐに拘束された。覚えているのはそこまで――じゃない。
私は知っている。
幽体離脱だとか敢えて形容するのであればそんな状態だったのだろう。私は『エディス』が屈強な兵士達に引き摺られるようにして部屋から連れ出されたのを『見て』いたし、その後私の部屋だった場所に国外から来た人間が数名入って来て何かごちゃごちゃ機器類を扱っていたのも『見て』いた。
私は私そっくりに造られた人形を見つけて確かにこう思ったのだ。
――「これに入れるなら、今の状況を誰かに伝えられるのではないだろうか」、と。
「失礼します、エディスさん」
人間そっくり、関節すら滑らかに『皮膚』の下へ隠された冷たい身体を見下ろしていたところ、先程の彼女が帰って来た。何やら安堵の表情を浮かべている。
「えっと、何だか皆さん忙しいみたいなので取り敢えず現状の確認をしますね。あ、記憶の混濁とかそんな症状は・・・?」
出てない、と答える。先程記憶の整理も終えたし、自分がどういう状況に陥っているのかも予測出来る。脳は正常に稼働しているのだ。はたして、今の自分に脳味噌なる部位が存在するのかは不明だが。
「はい。あの、私達もいきなり『人形』が動き出して驚いたのですが・・・。えっと、そもそもエディスさん本人でお間違い無いですよね?」
事情を一から説明したところ、概ねあっているらしかった。ただし、彼女の疑わしげな表情からして、別の何かがこの人形を動かしている可能性もあるらしい。彼女の疑問を氷解すべく、王国での自分の職、最近導入されたIDのナンバーを告げる。本来、この9桁の番号は口外してはいけないのだがそうも言っていられないだろう。
案の定、彼女はその数字を聞くと持っていた資料に目を落とした。もっと確認していると分からないように振る舞えないのだろうか。
「はい、確認終了しました。えーっと、エディスさんが何故か人形に収まってしまったのは本来我々の計画には無かった事なんです。・・・聞きますか?」
当然だ、と頷けば彼女は束になった書類に目を落とす。
「はい。本来は魔物化しつつある人間の身体をこの人形に押し込める計画だったんです。魔物化した人間は本来の人間としての姿を失ってしまいますから、型に嵌めてしまえば何とかなるんじゃないかな、って・・・。あ、考えたのは私じゃありませんよ!そんな、型抜きクッキー作るわけじゃないんだし、って・・・」
それには賛成だが、同意を求められても困る。こちらは立場的に検体なのだが。