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頭が痛い。例えるならそう、寝ている間もずっと騒音を聞かされていた後のような頭の中が騒がしいような。目を閉じたまま、片手を持ち上げて頭を押さえる。目蓋の裏では煌々と電気が点いているのが分かるが、何故だか目を醒ましたくなかった。
何か、重要な事を忘れているような気がしてならない。
起きて活動を始めれば自然と思い出せるのだろうが、そういう気にすらならない。
――しかし、現実は無情だった。
「あっ、起きましたか。エディスさん」
鈴を転がしたような声に最早二度寝は無理だと悟り、ゆっくりと目蓋を持ち上げる。
そこにいたのは少女――とは言い難いような、自分と同じくらいの歳の女性だった。女には分かる。こいつは少女なんて歳ではなく、立派な社会人であるのだと。
「どこか痛いところや痒かったり、動きが鈍いところはありませんか?」
強いて挙げるならば頭が痛い。脳内で大太鼓を延々と鳴らされている気分だ。
彼女は「えぇ!?」、と驚いたように小さな悲鳴を上げる。いやいや、悲鳴を上げたいのはこちらだし状況説明も何も無いとはどういう事なのか。
一時困ったように眉根を寄せていた彼女は軽快な動きで自分に背を向けた。
「すいません、誰か呼んで来ますね。あ、まだ横になっていてください。どんな不具合があるか分からないので」
言うが早いか彼女は自分の返事など聞かず部屋を飛び出して行った。さて、彼女は何者なのだろう。知り合いにあんな子はいないし、職場の知り合いにもあの子はいない。
ゆっくりとここへ至るまでの経緯に思考を巡らせる。
――否、巡らせる程の事でもない。今まで考えたくなかったので忘れた事にしていたかったものを、突き付けられただけだ。信じたくはないけれど。
簡潔且つ明瞭に説明するのであれば。
私――エディスは1週間程前に魔物化した人間に襲われた。人の形をしていたので間違い無く元は人間だった方の魔物だろう。戦闘能力皆無だった私はしかし、強運だったらしい。逃げ出す事に成功した上一命も取り留めた。
そこまではいい。
問題が起きたのは怪我がある程度治った、3日前の事だ。